ヒマだしワインのむ。|ワインブログ

年間500種類くらいワインを飲むワインブロガーのブログです。できる限り一次情報を。ワインと造り手に敬意を持って。

「百合草梨紗さんとシャトー・ジンコを飲む会」レポート。ボルドー初の日本人女性醸造家がやってきた!

シャトー・ジンコと百合草梨紗さん

豪徳寺のワインバー「ワインステーション+」にて、「百合草梨紗さんと、シャトー・ジンコを飲む会」が開催された(私は幹事兼司会進行役として参加)。

話をしているうちにわかったのだが百合草さんと私は同い年。大学卒業後、就職し、今に至る。私のキャリアは俳句に満たないわずか12文字で説明可能だが、百合草さんは短大卒業後アパレル会社に就職、その後ワインに出会い渡仏、ワイン学校を優秀な成績で卒業するとワイン業界でキャリアを積み、夫でネゴシアンのマチュ・クレスマン氏とネゴシアン・カイワインを設立。2015年11月にボルドーはコート・ド・カスティヨンの1.65ヘクタールの畑を購入し、日本人女性初のボルドー醸造家として、2016年ヴィンテージから「シャトー・ジンコ」を世に送り出している……と、同じ時間を使って実にドラマチックな半生を過ごしておられる。カッコいいなあ。行動する者のみが特別な場所にたどりつくことができる。私との共通点はほぼ年齢のみだが、間にワインがあればどっこい今日からお友達である。

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百合草梨紗さん。明るくて気さくで、とても魅力的な方でした。

でもってめちゃくちゃ明るく快活でよく笑う素敵な女性なんですよ、百合草さん。大冒険のキャリアと魅力的な人柄。成功する人に理由あり。

現在百合草さんは一時帰国中。家族をフランスに残し、シャトー・ジンコをPRするためさまざまなイベントに引っ張りだこの忙しい日々を過ごしている。そしてこの日の「百合草梨紗さんと、シャトー・ジンコを飲む会」にも来てくれたという流れだ。ありがたや。

 

シャトー・ジンコとシャンパーニュと「ボルドーあるある」

12名のゲストをお迎えして、陽もとっぷりと暮れた夜7時に開会。シャトー・ジンコと同じ輸入元(都光)のシャンパーニュ・パルメの「ヴィンテージ2012」で乾杯となった。

これが泡立ち控えめながらド派手な香りと異様なまでの旨みがあって大変おいしいシャンパーニュだった。この日の立ち位置は脇役だが、主役になれるポテンシャルのあるワインですねこれ。また飲みたい。

ちなみに百合草さんいわく、「ボルドーで誰かの自宅に招かれたとき、たいていワインは用意されているので、お花かシャンパーニュを持っていくことが多い」そう。「花かシャンパーニュ」っていう綿谷りさの小説でそんなタイトルのやつありませんでしたっけ? っていう言葉の響きがなんとも良い。みなさん、ボルドーでお呼ばれしたら「花かシャンパーニュ」だ。

さらに話は脱線し続けるが、ボルドーはとにかくワイン生産者の絶対数が多い。そのため「結婚式でソーテルヌが出たんです。隣にいた方に感想を聞かれたので、正直に『このソーテルヌは得意じゃない』と伝えたら、そこのオーナーでした(笑)」なんてこともあったそうだ。ボルドーではどこに生産者がいるかわからないから気をつけるんだみんな……!

 

ジー・バイ・ユリグサ ブラン2020はどんなワインか

そんなこんなの話で盛り上がりつつ乾杯のシャンパーニュを飲み干したら、いよいよシャトー・ジンコのワインを飲んでいく時間に突入していく。まず1杯目は、グラーブ地区の畑を区画単位でセレクションし、収穫から醸造まで百合草さんが厳しくチェックして生み出されるワイン「ジー・バイ・ユリグサ ブラン2020」だ。

シャトー・ジンコの畑は1.65ヘクタールと必ずしも広くはないため、現状ではセカンドラベルをつくることができない。それでもシャトー・ジンコの世界観を味わってほしいという思いから買いブドウでつくるのがジー・バイ・ユリグサのシリーズだ。このあたり、百合草さんと夫のマチュさんのネゴシアンとしての経験が大いに役立っているようだ。

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そんなこんなで飲んでみたこのワイン、結論から言えばこれは私の「2000円前後で買えるボルドー・ブランBEST」となった。この日飲んだ5キュヴェのなかでも、コスパという観点から見ればこれがベストだと思う。

ソーヴィニヨン・ブランが60%、セミヨンが40%のブレンド。バトナージュを行うことで、バターのような甘みやまろやかさを感じられるようにしています。和洋中すべて合わせられますが、白桃やマンゴーのヒントがあるのでエキゾチックでスパイシーな料理にも合います。樽熟成は9カ月。ソーヴィニヨン・ブラン特有の香りに、貴腐ブドウにもなるセミヨンのまろやかさが加わって、厚みも感じられると思います」(百合草さん)

実際に飲んでみると、樽由来と思われる厚み、バターのような濃厚さ、蜂蜜のような甘味、桃やマンゴーのようなエキゾチックな香りも感じるという百合草さんの説明を繰り返してるだけじゃないかお前、という印象でなんだこりゃ超うまいな。

同席した都光の戸塚尚孝社長いわく「おいしすぎて(その割に安すぎて)品薄です」とのことなのでこれは急いで入手するべきだしこのクオリティが2000円ちょいで買えるのは完全にバグ。飲んだ瞬間に会場の一部が静かになったのでいったいなにが起きたんだと思ったら「品薄」発言を受けていち早くネットで注文している方もいたのだった。シャトー・ジンコ会に集まる人々おそるべし。

 

ジー・バイ・ユリグサ ルージュ2020はどんなワインか

さて、その赤のほう、ジー・バイ・ユリグサ ルージュ2020だが、こちらはシャトー・ジンコのご近所、コート・ド・カスティヨン地区の、シャトー・ジンコと同じプラトー(百合草さんは『プラットー』と発言しておられたが、表記としては『プラトー』が一般的? っぽいのでプラトーと表記する)と呼ばれる台地で生産されるというワインだ。

「ワインを飲んで、これはいい! どこの? というと大抵プラトーというくらい、プラトーからはピュアでクリアなワインができるんです。コート・ド・カスティヨンはサン・テミリオンから車で10分ほどの地続きの場所ですが、土壌としてはシャトー・パヴィやシャトー・オーゾンヌ、シャトー・バランドローと同じ土壌が横につながっています。1メートルほどの表土の下に石灰岩というのが特徴です」(百合草さん)

サン・テミリオンに比べ知名度は低いが、コート・ド・カスティヨンのワインは「ヴァン・ド・メディソン(薬のワイン)」と呼ばれるのだそうだ。その意は「入れるとワインが元気に(おいしく)なる」。みなさん、悩んだらコート・ド・カスティヨンだ。

 

シャトー・ジンコと「プラトー

さて、ではプラトーはなぜいいのか。

プラトーは1メートルの表土が粘土質でその下は石灰岩だと言いましたが、石灰岩はスポンジのような働きをします。雨が多いとそれを吸収してくれて、雨が少ないときには出してくれ、保湿性があるんです。プラトーは標高が高く風通しがいいため、病気のリスクも減ります」(百合草さん)

詳しくは後述するが、百合草さんが求めるピュアでクリアな味わいは、そもそも土壌が良くないと実現できないのだそうだ。シャトー・ジンコの畑を購入した決め手も、そこが標高100メートルのプラトーだったからだという。

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なんの話だっけ。ジー・バイ・ユリグサ ルージュの話だった。メルロー95%、カベルネ・フラン5%のブレンド、「ルモンタージュによりうまみを取り出したワインは、心地よい甘味とエレガントさがあります」と百合草さんが説明する通りの味わいでこれまた非常にうまい。

2000円前後で買えるボルドー・ルージュを私はなかなか選べない。正直に申し上げて渋くてすっぱいだけ、みたいなワインに出くわしがちという先入観があるからだ。なのだがこのワインはまずもって香りが非常に良く、味わいにもしっかりと果実味があり、さりとて濃すぎないクリアでピュアな味わい。そりゃまあ醸造家ご本人から説明してもらいながら飲むっていう贅沢をしてるのでおいしさにプラス補正がかかってるとは思う。でも絶対においしいですよこのワイン。

シャトー・ジンコは100%メルローでつくるワイン。「なんでジー・バイには5%カベルネ・フランが入るんですか?」と質問してみると、こんな答えが返ってきた。

「(ジー・バイ・ユリグサ用に)セレクションした畑の区画にカベルネ・フランも植わっていたので、メルローカベルネ・フランアッサンブラージュしてテイスティングしてみたときに、カベルネ・フランを加えたほうが骨格ができ、バランスが良くなったんです。次のヴィンテージではマルベックを加えるかもしれません」

いいなあ、面白そうだなあ。アッサンブラージュの現場を取材したい(飲みたい)

 

シャトー・ジンコ2019はどんなワインか

さて、ジー・バイ・ユリグサ ルージュを飲み干したらいよいよ本丸。ワインステーション+駅長が百合草さんの依頼を受けて4時間前に抜栓しておいてくれたシャトー・ジンコ2019の登場だ。

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この日飲んだシャトー・ジンコの3キュヴェ。どれも素晴らしい味でした。

2019は、百合草さんにとって自身の畑が厳しい審査を経てオーガニック認証ABマークを得た記念すべきヴィンテージ。それだけに、思い入れも強い。

「2019年はグレートヴィンテージ。私にとってはファーストヴィンテージの2016と並び、一生忘れられないヴィンテージです。ABマークをボトルのどこに貼るのかも迷いましたが、ワインのピュアでクリアな味同様、情報もクリアにしたいとラベル前面に貼ってあります」

土壌にこだわり、オーガニックにこだわる。その理由はシンプル。ピュアでクリアな、百合草さんが愛するボルドーワインを表現するためだ。

「無農薬にしたほうが土壌の個性が出せますし、ワインはピュアでクリアな味が出せます。そのためには生きた土をつくる必要がある。生命の持っているエネルギーを引き出す必要があるんです。人間も抗生物質を飲み続けると免疫力が下がりますよね。オーガニックにすることで、根は下に下に伸びて土壌の成分を吸収します。ワインの複雑性はテロワールがもたらしてくれるんです」

「ワインは栽培が何割、醸造が何割ですか?」という質問もしてみた。ここからの百合草さんは本当にカッコよかった。

「92%が畑、8%が醸造でしょうか。ワインは畑からできています。極端なことをいえば、健全なブドウがとれたらあとはタンクに入れるだけでワインはできます。だから、ブドウを食べたら『今年はこういうワインになるんだ!』がわかります。それだけに、シャトー・ジンコは年によって味が違うんです。たしかに栽培が難しく、収穫量が落ちる年はあり、それは生産者にとっては痛いです。でも、年による違いもワインの面白さですから。たとえば2017年は収穫量が落ちた厳しい年でしたが、今飲むとやわらかくてこじんまりとしたピュアな果実味があります」

 

シャトー・ジンコと“プリンセス・ジンコ”

百合草さんは、自分のつくるワインに愛情と誇りを持っている。だからこそ「この年はバッドヴィンテージ」みたいに切って捨てたりしない。自ら“プリンセス・ジンコ”と呼ぶワインたちは、百合草さんにとって娘のようなもの。娘にグッドヴィンテージもバッドヴィンテージもないんですよ当たり前だけど。

シャトー・ジンコ2019の生産本数は4578本と少ない。それは、1本のブドウ樹にブドウが5〜6房だけ残すように剪定するから。その3倍の収穫量があってもおかしくないところ、収量をそこまで落とす。そして畑での作業はすべて手作業。

ワインについて説明しながら、「シャトー・ジンコは私が人生と命をかけて造っています」と真っすぐに言い切った姿に、私は心から感銘を受けた。私はそこそこ仕事を頑張っている気がするが、人生と命はかけていない。それに値するものがあるとすれば、それは自分の娘たちくらいなものだろう。その覚悟でもって、百合草さんはブドウとワインに向き合っている。リスペクトするなっていうほうが無理です。

飲んでみると、すごくエレガントで、同時に百合草さんの言う通りにピュアでクリア。一般的には飲むにはまだ早いと言うことになるのかもしれないが、いま飲んでも十二分においしい。しっかりとした渋みと酸味、それに負けない果実味もしっかりとあり、早朝の針葉樹林のなかに身を置いたような静けさや、森、土、木が醸し出す香りのようなものも感じられる。

 

シャトー・ジンコ2019の飲み頃はいつなのか問題

このようなワインを飲むと、「飲みごろはいつからですか?」「ピークはいつ頃で、その頃にはどのような姿になっていると思いますか?」みたいな質問をしたくなるし、実際にしたのだが、その質問に対して百合草さんは「60年は持つと思う」とだけ答えてくれた。

醸造家が飲み頃を口にすれば、その言葉は消費者を縛ることになる。飲みたいときに、飲みたいように飲んでもらいたい。どうやらそれが百合草さんの望むことのようだ。願わくばできるだけゆっくりと、なるべく大きなグラスで。これが唯一の注釈だ。

寝かせるも良し、飲むも良し。今成人している酒飲みの人生のほぼすべてのタイミングで、シャトー・ジンコ2019は楽しむことができるのだ。今さらながら「60年は持つと思う」という発言に対し「えっ、60年後って我々死んでませんか?」とリアクションした己を恥じたい。そういうこっちゃないんだよ!

というわけであっという間の2時間。〆の甘口ワイン、これまた都光輸入の「ル シェーヌ クーシェ ジュランソン モアルー ビオ 2018」を飲んで、会は中締め。残った参加者と百合草さんを囲んで、ワイン片手に終電までワイワイと二次会を楽しんだのだった。

個人的には、テロワールという言葉の重さを知り、ヴィンテージごとのワインの楽しみ方を教えてもらい、ワインの飲み頃について新たな知見を得ることができて、有意義メーターの針が計器を突き破るような実りある時間だった。そしてなにより、百合草梨紗さんというとても魅力的な人物と出会うことができ、シャトー・ジンコの素晴らしい3つのキュヴェと出会うこともできた。飲み友達もまた増えた。ワインはつくづくフレンドメイキングマシンだ。

また来年、次はシャトー・ジンコ2020を飲む会を開催できたら、それは本当に素敵なことだ。百合草さん、ご参加の皆様、ご縁があれば、また来年お会いしましょう。