ワインが開くとは? テヌータ・ジローラモ「コンテ・ジャンジローラモ 2015」と考える
ワイン、とくに赤ワインを称して「固い」という表現を使うことがある。そして固い状態のことをワインが「閉じている」とも呼び、そんなワインの香りが立ち、味わいがなめらかになることを「開く」と呼ぶようだ。私はこの「開く」感覚がよくわからないため(感じたことはあるが確信を持って言語化することができず)、この表現は使わないようにしている。
しかし、あるワインを飲んでこの「開く」状態を疑う余地なく感じることができた。よかった。せっかくなので、ワインが「開く」とはどのような作用なのか、また、ワインが「閉じている」とはどのような状態なのかを調べてみた。それではいってみよう。
飲んだのはイタリアはプーリアの造り手、テヌータ・ジローラモの「コンテ・ジャンジローラモ 2015」。ネットで5000〜7000円くらいで売られてるワインだけど3本1万円とお得に買えた1本だ。「自分の好みとか関係なしに1本選んでいただくとしたらどれですか?」という聞き方をして出てきたワインなので、とても楽しみにしていた1本なのであった。専門店のイチ押しにハズレなし。
さて、コンテ・ジャンジローラモはネグロアマーロとプリミティーボを50%ずつ使い、樽発酵後、22〜24カ月フレンチオークで熟成後、さらに6カ月瓶熟成という手間のかかったワイン。ボトルがめちゃくちゃ重いのも特徴で、エチケットは白い石膏でつくられ、ロウで封がされているという内部にピッコロ大魔王でも封じ込めてるのかっていう堅牢なつくり。
すっぱくて渋い印象のワインが、一夜明けてまさに花開いた!?
これは期待がもてますぞと開栓し、飲んでみた感想が「すっぱしぶい」だったのだ。あれおかしいぞってなった。まだ固い印象は拭えないがビロードのようなタンニンと美しい酸は十分な熟成ポテンシャルを感じさせ、黒系果実、菫、若干土のようなアロマ云々みたいなカッコいいことを書きたいのに感想が「すっぱしぶい」だと困るわけです。
そこで私は考えたのだった。これが「固い」という状態、あるいは「閉じている」状態なのではないかと。
こういったワインは明日以降急激においしくなる可能性がある。また、合わせる料理が間違っている可能性もある。そういや目の前にあるの白身魚の刺身だし。塩で食べるのが好きなんですよ、白身魚を。レモンしぼったりしつつ。とはいえ赤ワインに合いそうもないこと悪鬼の如しである。白身魚お前そういうとこだぞと急遽白ワインを用意しておいしくいただきつつ、目の前にある赤ワインは明日に送ることとして、さっさと寝た。
で、寝て、起きて、また夜になり、赤ワインにあいそうなつまみを複数用意のうえワインを再びグラスに注ぎ飲んでみて驚いた。これはたとえるのがあまりにも簡単だ。メガネを外すと美少女になる漫画のキャラだ。あるいは『三つ目が通る』の主人公・写楽保介のバンソウコウを剥がした状態と言ってもいい。『HUNTER×HUNTER』でいえばビスケの真の姿的なごめんしつこいですねもうやめます。一晩のうちにボトル内にあったつぼみが開いてボトルの口から花が咲いたたような印象があったのだった。つまり、ははは、うまい。
そして、うまいうまいと飲んでいるうちにふと、おそらくこれが世にいうワインが開くという状態だろう。ではなぜ開くのか? 閉じているとはなんなのか? と考えたというのが調査を開始するに至る経緯である。
ワインが「開く」とはどういうことか。なぜ「開く」のか?
ワインが開くとはなにか。さくっと検索してみると、「ワインが開くとは時間を置くことでワインから豊潤な香りがしてくることです」みたいな答えの出し方をしている記事が多くヒットするのだがそういうことじゃないんだよなあ。知りたいのは「開くとはなに?」ではなく、「なぜ開くのか?」だ。
というわけで理屈っぽいことが知りたい場合に毎回参照する『イギリス王立化学会の化学者が教えるワイン学入門』を開くと、テイスティングの章のデキャンティングの項に関連する記述が見つかった。やや長いが、下記に引用する。
「一般にワインは酸化防止剤として二酸化硫黄などが添加されてからボトリングされ、その後、酸素が遮断された状態で何カ月もしくは何年も寝かされることになる。この間、還元状態となっているワインは酸素を渇望している。そんな状態のワインを空気に触れさせると、果実感が広がり、みごとに花開く」
ここで、「還元状態」というワードが見つかった。二酸化硫黄などの酸化防止剤の点火により還元状態にあるワインが「閉じた」状態ということだろう。そして、還元の反対は酸化なので、閉じたワインが酸素に触れることで酸化して「開く」と考えられる。
酸化と還元。酸素とワインの関係
酸化というとイコール劣化というイメージがあるが、還元状態にある(酸素を渇望した状態の)ワインが酸化によって花ひらくのであるならば、酸素はワインにとって有用だということになる。
そのあたりどうなってるんスかねとさらに前掲書を調べると、抜栓後の酸素の働きではなく、あくまで醸造過程での話だが、「ミクロ・オキシジェナシオン(タンクの内のワインに微量の酸素を人工的に供給し続ける熟成のやり方)」の項にこんな記述を見つけた。
「酸素がワインにどう働きかけるのかについてはいまだに議論が続いているが、最大の効果はポリフェノール類と反応してワインの構造に変化をもたらすことだ。その結果としてワインはよりやわらかくなめらかになって、タンニンと果実味との調和がとれた味わいになる(後略)」
ポリフェノールの一種であるフラボノイドのうち、ブドウに多く含まれているのがタンニンとアントシアニンだそうで、それらと酸素が反応することで、味わいや、色調にまで影響を与えるのだそうだ。その影響が正の方向に働いた場合「開いた」と言うのだろう。
一方、酸素はエタノールと反応して酢酸と水に変えてしまうこともあるのだそうだ。なので、ワイン造りにおいては極力酸化しないように畑から急いでワイナリーに運んだり夜中に収穫したり醸造においては嫌気条件下で行ったりして徹底的に酸化を防ぐ。にも関わらず最後の最後、グラスに注ぐ段階では酸素が必要って君サァってなる。
ほどよい酸素との接触がワインをおいしくする=ワインを「開く」
要するに、「ちょうどよいタイミングでほどよい量の酸素に触れれば素晴らしい仕上がりになるが、逆に過剰に触れると劣化してしまう」という前掲書の記述、これがすべてっていう感じだろうか。異性と仲良くなろうとするときもパスタを茹でるときもちょうど良い介入をタイミング良く行うべきであり、なにごとも過剰は良くないということだろう。20年前の自分に聞かせたいです。
長くなってしまったが、「“還元状態”にあったワインが、ちょうどよいタイミングでほどよい量の酸素に触れた状態」と言うのが「ワインが開いた」状態であるようだ。完全にスッキリはしていないが、ひとまず納得である。
なんていうか、理系的現象を文系的に表現した結果、文理双方にとってよくわからないのが「開く」というワードなんじゃないかっていう気が調べてみてしてる。最後の最後で理系的に解析しきれない(『ほどよく』ってなんだよ)のがワインの魅力であり、常に未踏の地が残されている結果、文学的表現が許されてしまう。だからこそ、ワインのことをみんな語りたくて仕方がなくなるんだろう。ワインには式でも詩でもたどり着けない地点Xが常にある。
というわけで、末筆ながらテヌータ・ジローラモの「コンテ・ジャンジローラモ」、大変おいしいのでオススメです。
よりどり3本1万円がとにかく強い↓