ディレクターズ カットとは。
「悪魔の辞典」風にいえば、映画における編集とは、「1本の映画作品を120分に収める作業」と定義できるかもしれない。120分を超える映画は観客にとっては長いと敬遠されるし、劇場でかけるにしても上映時間の長さから番組が組みにくく、敬遠される。ほぼすべての映画は120分をはるかに超える素材を撮影するが、商業的理由から最終的には120分以内に収めることをプロデューサーから要請されるのが世の常だ。
それがうまくいかなかったケースとして、チリの映画監督、アレサンドロ・ホドロフスキーの「DUNE」という作品がある。この作品、最終的に上映時間が14時間となった結果配給会社が見つからず(そりゃそうだ)、幻の作品となっている。14時間って。
wikipediaによれば、「営業成績を重視するプロデューサーの意向と芸術性を重視するディレクターの意向とが食い違い、妥協が成立しなかった」などの事情を背景に、ハリウッドではディレクターズカットが作られるという。
さて、そんなディレクターズカットという言葉を冠したワインが、ハートランドの「ディレクターズ カット シラーズ(以下、ディレクターズ カット)」。ハートランドは天才ワインメーカーと称される(みたいですね)ベン・グレッツアーがオーナー兼ワインメーカーを務める生産者。
その公式サイトで、「ディクレターズ カット」はこう紹介されている。
「映画と同じように、『ディレクターズ カット』は決定版だ。妥協はない」
うーんカッコいい。「妥協はない」と言い切るだけに、ディクターズ カットはハートランドのフラッグシップという位置付けとのこと。
ディレクターズ カット シラーズは良いブドウを選んでオークの大樽で14か月熟成
さて、公式サイトの2016年ヴィンテージの詳細な説明を見ると、こんなことが書いてある。
・ブドウは地域のもっとも良いシラーズ畑から選ばれ
・夜に収穫されて破砕され
・ステンレスのオープントップの発酵樽に入れられる
・24時間にわたるスキンコンタクトののち
・9日間にわたる低温発酵が行われ
・フランスとアメリカのオークの大樽に移され
・14か月熟成される
のだとか。いやー、手間かかってるわ。2016年ヴィンテージは、80%の新樽を使ってるとのこと。おいしそう。(以上、筆者訳なので間違っているかもしれません)
サイト内でベン・グレッツァーは、「なぜワインを作るのか?」 という問いにこう答えている。
「『作る』ではなく『導く』試みです。発酵は、迷子の旅行者や貨物列車のようなもの。どちらにせよ、私の仕事は彼らを彼らの軌道に乗せることです」
よし、なに言ってるかわかんない。それでもともかく、買ってみた。
ディレクターズ カット シラーズ 買値は3388円税込
買値は京橋ワインで3388円税込。
公式サイトに表示されている価格は$33。
これは豪ドルなのか、米ドルなのか、どちらなんだろう。豪ドルならば約2200円であります。
その第一印象は、重い(物理)というもの。なにしろ重さが重い。頭痛が痛いみたいになってるけど、つまり物理的に重い。
試しに飲み干したタイミングでキッチンスケールに乗せてみると、ボトルのみの重量は785グラム。別のワインの空き瓶を乗せてみたところ470グラムだったので、約1.67倍も重いことがわかる。ちなみに元メジャーリーガー・イチローのバットの重さは880〜900グラムとのこと。ディクターズ カットに100ミリくらい水を注げばイチローのバットと大体同じ重さであります。
ボトルが重いと内容物の劣化を防いだり、偽物を防いだりといった効果がある一方で、環境への負荷が懸念されたりもするとのこと。
私個人は内容物がウマければ別にビニール袋に入っていても構わないと思いたいところなんだけれどもどう考えてもパッケージも味のうちだよね、という100人中50人くらいが答えそうなド中庸な意見の持ち主。環境になるべく負荷のかからない範囲で極力おいしいワインが飲みたいものですね。
ディレクターズ カット シラーズを飲んでみた。初日と2日目で評価が逆転!?
というわけで重たいボトルのスクリューキャップを回して開栓。グラスに注ぎ、飲んでみた。その感想は一言で表現できる。「すっぱい」だ。あれおかしいなすっぱいぞ。3000いくら払ったワインの味わいが「すっぱいです」で終わりだと悲しいぞ。ははーんわかった、液温が低すぎたんだろうあるいはこれはワイン上級者の人が言う「開いてない」ってやつだろうとしばし放置。再度口中に投下してみた感想が、「すっぱいです」である。うーん困ったぞ。と、現実に問題が生じた場合の私の対処法はつねに「とりあえず寝る」であるので、今回も寝てみた。
そして夜が明け、太陽が蒼穹はるかに昇ってやがて沈み、ふたたび夜が来た。私は再び「ディクターズ カット」を昨日と同じグラスに注ぎ、飲んでみた。ただ、ログインIDとパスワードが違っているぞとインターネットの野郎に言われた場合、同じID、同じパスワードを入力するのが愚の骨頂であるように、私も昨日の「すっぱい」以外に感想が出なかったという苦い経験を生かし、対策を練った。すなわち、ワインの友として高級スーパー・クイーンズ伊勢丹に潜入、ちょっとお高いレバーパテを買うという対策だ。
全粒粉クラッカーにレパーパテを塗り、ディレクターズ カットと再戦である。そしてその感想は、苦労の甲斐あってか、自動販売機に「つめた〜い」「あたたか〜い」という表記があるような流れで「おいし〜い」、といったところに変化を遂げていた。なんだこれ、超うまいじゃん。昨日感じたすっぱさはどこへやら、一本筋の通った果実味に、渋みや酸味が複雑に絡みあって、この世の飲み物のなかでワインを飲んだときでしか感じられない複雑な旨さに対する感動が爆発する。甘いんだけど甘くなく、渋いんだけど渋くなく、酸味があるけどすっぱくない、すべての味が寸止めで、すべての味にその先があることを感じられる感じ。レバーパテ買ってよかった。ありがとう、レバーパテ……!
そうこうするうち見事な相性を見せてくれたレバーパテも尽き、分厚く重たいボトルに目をやればワインは残りわずか。最後にそれだけをじっくり味わってみようと飲んでみたときの感想が「すっぱい」だったのが本当に驚く。え、なんで? ってなる。
ワインって、本当に不思議ですね。