ダックホーンヴィンヤーズのプレスランチに参加した
カリフォルニアの生産者、ダックホーン・ヴィンヤーズのワインメーカー、レネ・アリーさんを招いてのメディアランチにお誘いいただいたので行ってきた。会場はマンダリンオリエンテルホテル37階のフレンチ「シグネチャー」。主催はインポーターの中川ワイン。中川ワインはダックホーンと25年の付き合いがあるそうな。
さて、ダックホーン・ヴィンヤーズは1976年創業。現在はダックホーン・ポートフォリオとしてカリフォルニアに7、ワシントンにひとつのブランドを持つ巨大組織となっているが、今回お話を聞かせてもらったレネさんはグループの本丸であるダックホーン・ヴィンヤーズ(以下、ダックホーン)のワインメーカーを務める女性だ。
ダックホーンは創業者のダン&マーガレットのダックホーン夫妻がポムロール、サン・テミリオンといったボルドー右岸のスタイルを参考に、当時カリフォルニアでは補助品種と見なされていたメルローを主役に抜擢したカリフォルニアにおけるメルローの第一人者的な生産者。
レネさんは2014年にワインメーカーに就任すると、なんとその年のヴィンテージでワインスペクテーター誌の「世界のワインベスト100」の第一位を獲得したという、プロ野球におけるルーキーイヤーにMVPを獲得したような凄い人だ。そんな方の生解説を聞きながらワインが飲めるのは最高。
そんな恵まれた環境で飲んだワインは3種類。以下だ。
ダックホーンヴィンヤーズ ソーヴィニヨン・ブラン ノースコースト2021 希望小売価格4200円
ダックホーンヴィンヤーズ メルロ スリー・パームス ヴィンヤード ナパ・ヴァレー2019 希望小売価格1万4500円
ザ・ディスカッション レッド・ブレンド ナパ・ヴァレー2018 希望小売価格1万9800円
さっそく、それぞれのワインについてレネさんのお話を交えつつ振り返ってみたい。
ダックホーンヴィンヤーズ ソーヴィニヨン・ブラン ノースコースト2021
まずはソーヴィニヨン・ブラン ノースコースト2021。これは一体どんなワインなのだろうか?
「これは82年がファーストヴィンテージのダックホーンを代表する白ワインです。ソーヴィニヨン・ブランにはさまざまなスタイルがありますが、目指したのはボルドー・ホワイトのスタイル。そのため、セミヨンをブレンドしています。セミヨンは単独で造ると凡庸になりがちですが、ソーヴィニヨン・ブランとブレンドするとシルキーで香ばしくなるんです」(レネさん)
ダックホーンでは畑ごと、ブロックごとにブドウを発酵・熟成させているらしいのだが、驚いたのは、このソーヴィニヨン・ブランはなんと40もの畑のブドウをブレンドしているということ。
暖かい畑もあれば涼しい畑もあるというが、一体どうやってブレンドしているんですかとド直球の質問をぶつけてみると、「アート」という言葉がかえってきた。
「1足す1は2にならないのがブレンドです。なので、ブレンドはアート。畑ごとに別々に醸造したワインをひとつずつテイスティングし、最初にソーヴィニヨン・ブランのコアをまず決めます。そこにセミヨンを加えて完成させます。その過程ではチームのメンバーでブラインドテイスティングを繰り返し、いいものを残して、それをまた別の機会にブラインドテイスティングして、最後は私が決めます」(レネさん)
レネさんはダックホーンヴィンヤード入社21年のキャリアの持ち主(余談だが、彼女は化学が専攻で大学卒業後はロバート・モンダヴィの研究所で『試験管を覗いていた』そうだ)で、畑ごとの特徴は当然頭に入っている。それでもあえて先入観を排し、ブラインドでワインの味を決めているのがすごいと感じた。
ナパ・ヴァレーでも暖かい畑からはトロピカル感の強いソーヴィニヨン・ブランが、涼しい畑からはより柑橘のニュアンスの強いソーヴィニヨン・ブランが育つ。レネさんが目指すのはその中間のスタイルなのだそうで、90%をステンレスタンクで発酵させ、残りの10%は樽発酵・樽熟成させるというのもそのためなのだそうだ。
このワインについてはもうひとつ、ブレンドでスタイルを決める上では、ダックホーンの伝統を守ることを重視するのか、毎年味を改良することを重視するのかと質問してみたところ「両方!」という答えが返ってきた。
「私がつくりたいのはコカ・コーラではありません。つまり、レシピがあるわけじゃない。伝統を守りつつ、ヴィンテージごとに毎年違ったものになる、そのヴィンテージの個性を表現したいと思っています」(レネさん)
実際に飲んでみると、温度が低いときは高めの酸と柑橘のニュアンスを強く感じ、温度が上がるに伴ってそこにバターやヴァニラ、ココナッツミルクのようなニュアンスが加わってくる。
料理もおいしく、1杯目から大満足だが、メーカーズランチはまだはじまったばかり。続いては、フラグシップワインのひとつ「メルロ スリー・パームス ヴィンヤード ナパ・ヴァレー2019」に進んでいく。
ダックホーンヴィンヤーズ メルロ スリー・パームス ヴィンヤード ナパ・ヴァレー2019
続いては創業時からこのブドウの畑を使っていて、2015年には自社畑になったというダックホーンの「コアとなる畑」、スリー・パームス ヴィンヤードのメルロー。
メルロー92%、カベルネ・ソーヴィニヨン6%、マルベック1%、カベルネ・フラン1%をブレンドし、新樽率75%の樽で18か月熟成させているこのワインは、なにしろ畑がユニークだとレニさん。
「スリー・パームス ヴィンヤードという畑のブドウだけから造られた、シングルヴィンヤードのワインです。ダックホーンは288エーカーのエステート(自社畑)を所有していますが、スリー・パームスはなかでも非常にユニークな土壌を持つ畑です」
スリー・パームス(実際に3本のヤシの木が生えているそうだ)は近くの渓谷からもたらされた火山性の岩と沖積土が混ざった土地で、大きな岩がゴロゴロと転がっているそう。基本的には水はけが非常に良く、粘土も混ざっているので保水性もあるのだそうだ。
ダックホーンのなかでももっとも長熟ポテンシャルを持っているというワインだが、2019ヴィンテージを今飲んでも十分にアプローチャブル。タンニンがギシギシしている感じもなく、酸も適度に感じられる。どころかベルベットのような滑らかさと、執念レベルに丹精された芝生のような柔らかな厚みも感じる。
レニさんは、ワインを造る際に「飲みごろ」についてどう考えているのだろうか?
「スリー・パームスにはコレクターアイテムという側面もあります。何年も熟成させてから飲む方も多くいるからこそ、どれくらい瓶熟するかも念頭におきながら造っています。ただ、開けたてでも楽しめるようにもしています。ポイントはタンニンをいかにマネージするかです。熟成のためには強いタンニンが必要ですが、(強すぎると開けてすぐに楽しめないため)タンニンがありながらまろやかになるようにしています。そのために重要なのは酸。酸が美しく豊かにあり、それが経年変化でまろやかになっていくことでワインが発展していくんです」(レネさん)
このあたりは「今がベスト」とも「10年後がベスト」とも造り手としては言いにくい部分があると思う。いずれにせよ、このワインは今飲んですでに十分においしく、同時に熟成ポテンシャルもしっかり感じられるという二律背反を達成していると思う。
タンニンが穏やかで、酸が豊かにある。そのスタイルはカリフォルニアの古式ゆかしいビッグ&ボールドなスタイルとは大きく異なるように感じれる。その点についてもあえて聞いてみた。
「カリフォルニアワインにはビッグ&ボールドというイメージを持っている方も多くいますし、それが好きな方もいます。ただ、それだと畑の個性もヴィンテージの個性も出てきません。ビッグ&ボールドを造ろうと思ったら、収穫を遅らせて糖度を高めて酸が落ちたブドウを使えばいいんです。そうすれば、チーズとワインだけで楽しめる濃厚なワインができる。ただ、私は食事とともに楽しめるワインを造りたいんです」(レネさん)
ダン・ダックホーンとマーガレット・ダックホーンの創業者夫妻が1976年にワイナリーを立ち上げた際にメインの品種として選んだのがメルローだったという創業時の逸話を冒頭に挙げたが、このワインを飲むとその伝統はファーストヴィンテージから45年の時を経て、今も脈々と受け継がれているんだなと感じる。まさにボルドー右岸のワインのような丸みと、エレガントさがある。
ダックホーンヴィンヤーズ ザ・ディスカッション レッド・ブレンド ナパ・ヴァレー2018
同じ印象は最後にいただいた「ザ・ディスカッション レッド・ブレンド ナパ・ヴァレー2018」にも言える。
カベルネ・ソーヴィニヨン56%、メルロー40%、カベルネ・フラン3%、プティ・ヴェルド1%というブレンドからも分かる通りのボルドースタイル。すべて自社畑で採れたブドウを使い、18か月を100%新樽で、その後半年を数年使った樽で熟成させるというワイン(最後の半年を新樽に入れないことで、酒質がまろやかになるそうだ)。
「ダックホーンのピラミッドの頂点に位置するワインです。06年から造り始めていますが、ダックホーンのトップはどんなワインがいいか? 創業者夫妻と当時のワインメーカーが激しいディスカッションをした末に今のボルドースタイルになったことが、『ディスカッション』という名前の由来です」(レネさん)
これはスケールが非常に大きいワインで、ジェット機の格納庫のような広大な空間の床一面に絨毯のようにブドウの粒が敷き詰められているようなイメージが浮かんでくる。一粒一粒がしっかりと熟していて、親しみやすく、優美な印象を放っている。
親しみやすさと優美さのバランスは、まさに目の前にいるレネ・アリーさんから受ける印象そのものだ。ワインはヴィンテージを反映し、畑を反映し、そして造り手を反映するものだということがよくわかる。
ダックホーン・ヴィンヤーズ メディアランチを終えて
最後に、ワインメーカーに必要な資質はなんだと思うか、と聞いてみたら、こんな答えが返ってきた。
「ディテール。ワイン造りには決めなくてならないことがたくさんあって、それを決める時間はいつも少ししかありません。だからこそ、ひとつひとつの細かいことにこだわることがすごく大切なんです。机の後ろにふんぞり返っている人にはできません(笑)」(レネさん)
大切なのは細部。それを突き詰めた先に、この自由で優美なワインが生まれるというのが素晴らしい。
というわけでダックホーンのメディアランチは終わった。ものすごく丁寧で、手仕事の温もりのようなものもたしかに感じられるダックホーンのワイン、推していきたい生産者がまた増えた。