先だって開催されたクリュッグのテイスティングセミナーに参加してきた。クリュッグから6代目当主のオリヴィエ・クリュッグさんが来日、直接お話を聞かせていただけるという貴重な機会だ。
イベント自体は会場からの質疑応答に応じつつも、基本的にはオリヴィエさんがクリュッグについてひたすら話すといった内容。その話が非常に面白かったので、私・ヒマワインとの擬似インタビュー形式でお伝えしたい。早速いってみよう。
クリュッグの味わいはどのように作られているか?
ーー今日はよろしくお願いします。まずはオリヴィエさんと日本との関わりについて教えていただけますか?
オリヴィエさん:私には4人子どもがいますが、日本は5人目の子どもだと思っています。というのも、日本に初めてきたの34年前、日本にはシャンパンの市場が存在しなかったからです。存在するとしても、フランス料理店のワインリストに、アペリティフ用かデザート用のものが数点載っているだけでした。それから30年以上が経ち、日本はシャンパン市場で最も重要な国のひとつになりました。ここまでの市場を作り上げたことを誇りに思いますし、感謝しています。
ーー日本におけるシャンパン市場がダイナミックに変化した35年間だったわけですね。その間、クリュッグも変化を続けているのでしょうか?
オリヴィエさん:クリュッグには変わった部分と変わっていない部分があります。たとえば、ボトルの中身は変わっていません。クリュッグは私の「(日本語で)ひいひいひいオジイサン」のヨーゼフ・クリュッグが立ち上げたのですが、彼は良い年だけに頼るのではなく、毎年最高のものを提供することをヴィジョンに掲げていましたが、そのクリュッグのストーリーは今も変わっていません。それを可能にしているのが、シャンパーニュの何百、何千もの区画です。
ーーそれはどういうことでしょうか?
オリヴィエさん:シャンパーニュには様々な区画があり、その区画ごとにワインを造れば、多様な個性を持ったワインがそれぞれできあがります。つまり、「今年は難しい年だったな」という年でも、それだけ選択肢があればどこかにいいものがあるものです。だからこそ、毎年「エディション」として、ヨーゼフの夢を作り上げることができるんです。「クリュッグ グランド キュヴェ172エディション」といった長い名前には、私たちが172回ヨーゼフの夢を繰り返していることを表しているのです。
ーー多様な区画を組み合わせることで、毎年の高い品質を維持しているわけですね。
オリヴィエさん:クリュッグ グランドキュヴェはオーケストラのようなものです。毎年シャンパーニュ地方から新しいミュージシャンをリクルートするんです。毎年同楽団員がくるわけではありません。たとえば「クリュッグ グランド キュヴェ172エディション」のベースヴィンテージである2016年は難しい年でした。それゆえに、埋めるべきオーケストラの椅子のなかに埋められない椅子があったんです。そこで登場するのが、控えの間にいるリザーヴワインです。前の収穫では埋められる席がなかったリザーヴワインが、今年の収穫では席があることもあります。
ーー「区画」であり「リザーヴワイン」がオーケストラにおけるミュージシャンだということですね。
オリヴィエさん:「クリュッグ グランド キュヴェ172エディション」には全部で146人ものミュージシャンがいます。11の異なる収穫年のワインを使っており、もっとも古いものは1998年のものです。26年間もリハーサルを繰り返し、ついに今日あなたのグラスにたどり着いたのです。
クリュッグの変わるもの、変わらないもの
ーーその味わいは毎年改善されるのでしょうか? あるいは、あくまで「変わらない」ことを追求しておられるのでしょうか?
オリヴィエさん:YESとNO、両方になります。ヴィジョンは変わりませんが、より緻密・精密に作業を行うことで、音楽でいえばハイ・フィデリティ(高音質)なものになってきています。なぜなら、原料となるワインの選択肢が、年月が経つにつれ増えていっているからです。選択肢が増えているということは、より緻密に自分たちの理想のものを造れるということ。熟成年数自体も増やしています。ヨーゼフが「クリュッグ グランド キュヴェ172エディション」を飲んだら「これはグランド キュヴェだね」と言ってくれると思います。クリュッグは150年前と同じグロウワー(栽培家)と付き合っていますし、醸造方法も昔ながらのものです。ただ、より精密に醸造をコントロールできるようになっているんです。
ーークリュッグを造る上で、最も重要なものはなんでしょう?
オリヴィエさん:インディヴィジュアリティ=個性です。区画ごとの個性を尊んで造っているからです。たとえば、シャルドネ重視のメゾンだと、広大な畑のシャルドネをひとつのバットでまとめて醸造するところもあります。また、ル・メニル・シュール・オジェのブドウ、アヴィーズのブドウといったように、村ごとに分けるところもあるでしょう。クリュッグでは、あるグロウワーの畑が6つのプロットに分けられるのであれば、6つそれぞれを個別に醸造します。また、収穫においても斜面の向きなどによって、ひとつの区画だけ3日早く収穫したり、逆に何日か遅く収穫しようといったように、最適な収穫のタイミングを変えています。
ーーすごい手間がかかっているわけですね。
オリヴィエさん:「ジュリー(・カヴィル、クリュッグ 最高醸造責任者)に、今年のアヴィーズのシャルドネのできはどう?」と聞くと、「80種類のテイスティングノートがあるけど?」という答えが返ってきます。アヴィーズ産の6つのワインを、7、8人で構成されているテイスティングチームが2回ずつブラインドテイスティングを行います。7人が飲んだなら、6つのワイン×7人×2回のテイスティングで84のテイスティングノートができるわけです。ジュリーは300ある区画すべての醸造を行っているため、最終的には300×7人×2回で4000を超えるテイスティングノートができあがります。それら区画ごとの個性を見極めて造るのです。彼女はなぜこのワインを(原料として)選択したのか、すべての理由づけができます。
クリュッグの飲み頃はいつ?
ーーお話を伺って、クリュッグの凄さの一端が理解できた気がします。最後に熟成について聞かせてください。クリュッグのような素晴らしいワインは購入した後自宅で寝かせてから飲むという愛好家も多いと思いますが、グランド キュヴェの飲みごろはいつでしょう?
オリヴィエさん:ボルドーやブルゴーニュのワインの中には、非常に早い段階でリリースしているところがありますが、私たちはそういったことをしていません。私たちのセラーから出てきたということは、メゾンとして飲みごろと判断したということ。すべてのプロセスは完結しており、「みなさんのところで熟成させてね」ということはありません。そうはいっても偉大なワインは時の恩恵を受けるものです。もしもいいセラーをお持ちであれば、もちろん熟成させても楽しめますよ!
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というわけで、非常に興味深いお話を伺うことができたのだった。そして飲んだクリュッグ グランド キュヴェ 172エディションとクリュッグ ロゼ 28エディションは非常に味わい深かったのだった。
とくにグランド キュヴェは開けたてから時間が経過するごとにどんどん味わいが変化していくのも魅力のひとつだと思うが、扉が開くように次々に現れる多様な香りは、それぞれの区画の個性であり、その土地を耕し、ブドウを育て、収穫した人々の営為を反映しているのかなと、オリヴィエさんの話を聞いた後では感じたりもしたのだった。
あと、これはもう完璧に余談なのだが、オリヴィエさん曰くクリュッグのロゼは「アンコウの肝のバーベキュー(焼き物)」と完璧なマリアージュなのだそうだ。誰か試して感想聞かせてください。
それとお正月用にエディション172欲しい。