ナカムラセラーズのセミナーに参加した
中川ワインが主催するNAKAMURA CELLARS(ナカムラセラーズ)の「ノリア トレードセミナー」に参加してきた。ナカムラセラーズのワインは中川ワインの試飲会で何度も飲んでおり、そのカリフォルニアワインとは思えない繊細な味わいに感銘を受けていたので、オーナーワインメーカーの中村倫久(のりひさ)さん自らがワインを説明してくれるセミナーに参加できるのはありがたい。
中村倫久さんは東京出身。1993年に慶應義塾大学を卒業し、2002年にUCデービスで醸造学科卒業。ナパやソノマでワインメーカーとして働き、2010年にNORIAを立ち上げたという人物。
ワインの印象から物静かな職人気質の方をイメージしていたが、実際にお目にかかった中村さんは明るくて気さくな人柄。
noriaという名前は、「(現地では)“ノリ”でとおっている」というご自身の名前と、奥様のマリアさんの名前を合わせた造語。すなわちノリとマリアで「ノリア」となっているそうだ。これは奥様の発案だそうで、ご自身は「万が一関係が終わってしまったらブランド自体も終わってしまうので、絶対やだ、と言っていた(笑)」そうな。ただ、結局「それよりいい名前が思いつかなかった」という理由でnoriaという名前を採用し、今に至っている。いい話だ。
日本食に合うカリフォルニアワイン「noria」とは
noriaのコンセプトは「日本食に合わせるカリフォルニアワイン」。そのコンセプトに基づいて畑の場所や品種、クローン、収穫のタイミングといった栽培面、使用する酵母、抽出するタンニンの量、発酵をどこで止めるか、熟成はどんな焼き方のどんな樽にするのか……までを決めている。「すべての意思決定は和食に合うカリフォルニアワインになるかどうか」が基準なのだそうで、それが一貫している。
「雇われで(ワイン造りを)やっているときは畑でいい仕事をし、収穫し、ワイナリーではいかにミスをせずクオリティを落とさずに瓶に入れ、熟成させて飲んでもらい、合う料理を決めていただくっていう流れが99%でしたが、『noria』に関してはソーヴィニヨン・ブランはこういうスタイル、シャルドネはこういうスタイルっていうのがまずあって、それを実現させてくれる畑を選び、契約を結び、自分のイメージするスタイルに持っていくというスタイルです」(中村さん、以下同)
さらに、すべてのワインは単一畑のブドウで仕込み、ひとつの畑につきひとつのワインだけを造るという“縛り”を自分に課してもいるそう。そして、すべてのブドウは買いブドウであり、それだけにグロウワー(栽培家)との関係が非常に重要だという。
「(契約の際は)畑の畝の数を決めて、そこに(ナカムラセラーズの)札を立ててもらう。(こういうふうに栽培してほしいという要望は伝えるが)初年度はグロウワーとの駆け引きもあるし、どうしても難しいんです。グロウワーに気に入ってもらえないとその後のワイン作りに響きますから。一度契約したら半永久的にその畑と関わっていきたいから、いい関係を作りたいんです」
このあたりの発言からは、カリフォルニアにおけるワインメーカーとグロウワーの関係が伺えて面白い。カリフォルニアにおいては、有力なグロウワーを見つけ、関係を構築し、いい契約を取り付けることもワインメーカーの実力のうちという印象を話していて強く受けた。それだけに最初から「ああしろこうしろ」と指示するのではなく、まずは良好な関係を築き、その上で少しずつ要望を伝えるのが肝要なようだ。
中村さんからご自身も、職人肌である一方、ビジネスパーソンとしても優秀な方なのだろうなという印象を受けたのだった。さすが慶応卒。
ナカムラセラーズ「noria」のワイン造り
シャルドネの醸造について
ワイン造りにおいて面白かったのはワインの「複雑性」に関することだ。基本的に「単一畑で複雑性を出すのは難しい」そうで、そのためたとえばシャルドネならひとつの畑に3つのクローンを植えている(『シャルドネとピノ・ノワールはクローンの違いが非常に大きい』そうだ)。
3つのクローンを収穫後はまとめてジュースにするのだが、100%を樽発酵させる過程でもう一工夫している。
「15樽を3つに分け、最初の5樽、グループAはある酵母でワインに。次の5樽はグループAとは別の酵母。最後のグループCは自然に発酵が始まるのを待ってワインにしていきます。違う酵母を使うと違うワインになりますから、3つの違うクローン、3つの違う酵母を使うんです。樽も、5樽は新樽を使います」
こうして、単一畑のブドウは異なる3つのワインとなる。そして、それらをブレンドしてボトリングすることで、ワインに複雑さと奥行きがもたらされるのだ。
シャルドネは試飲もさせてもらったが、その品質は素晴らしいの一言だった。カリフォルニアらしいトーストやバターのような雰囲気もありつつ、クリアで透明な液体の印象は、ベンチマークにしているという日本酒の吟醸酒をたしかに思わせるものがあった。
日本酒のようなピノ・ノワールの話
このように、中村さんはとにかく話が面白い。セミナーの時間が一瞬に感じられ、逆にいつまでもお話を伺いたいような感覚になった。たとえば、赤ワインと食事のペアリングについての話であれば、こんな感じだ。
「ワインと食事のペアリングでいうと、アメリカではステーキとカベルネ・ソーヴィニヨンって話になります。赤ワインのタンニンと酸味が脂っぽいステーキを食べた後の口をクレンズしてくれて、次のバイトに進みやすくしてくれるのですが、日本食は逆。素材を生かしたハーモニーとその余韻が重要で、余韻をワインがカットしてしまってはいいペアリングとは言えないんです。そこでピノ・ノワールに目をつけたのですが、ピノでも産地によっては重いことがあります。重い赤になればなるほど(食事の余韻の)ニュアンスを消してしまいますから、日本酒のフレッシュさとかバランス、それと同じ波長を持ったピノ・ノワールが必要になってくる。トランスペアレンシー(透明性)であり、フレッシュさ、クリーンさが、ピノを作る上でのキーポイントなんです」
noriaの赤はすべてピノ・ノワール。そして日本食に合うピノ・ノワールを造るために重要なのが畑の選定であり、セラーにおいては「タンニンの抽出レベル」だという。
「ワインメーカーができるのは、畑で採れたブドウをワインにして、ヘマをしてクオリティを下げないようにボトルに詰めること。コントロールできるとすれば、それはタンニンの抽出レベルなんです。いつ発酵を終えるか、いつスキンコンタクトを終えるかがワインメーカーのディシジョンなんです」
世界的映画監督である黒沢清によれば、映画監督の仕事は「カメラをどこに置くかを決めること、カメラをいつ回し始め、いつ回し終えるかを決めること」なのだそうだが、ワインメーカーの仕事は「発酵とスキンコンタクトをいつ始め、いつ終えるかを決めること」ということになるようだ。
カリフォルニアはやっぱりエクストラクション(抽出)文化。パンプオーバーやパンチダウンを用いて抽出をかけ、発酵終了後も果皮を漬け込む人も多いのだそう。しかし、それでは日本食に合わない、ということになる。
天然酵母の使用について
天然酵母の使用に関する話も面白かった。
「最初から最後まで発酵を終わらせるため、酵母が活動しやすい環境を作ってあげるのがワインメーカーの仕事。それができないとワインメーカー失格」
それだけに、「ブドウの糖分をアルコールに変えてくれるだけの元気があるかどうかのギャランティはない」天然酵母を手放しで採用しているわけではない。それでもピノ・ノワールは天然酵母を使って発酵を行っているのも、ひとえに「日本食に合うカリフォルニアワイン」を実現するための方法なのだろう。
一方、それはあくまで手法であり、たとえばソーヴィニヨン・ブランは「目指すスタイルはクリアで爽やかでフレッシュなもの。(そのためには)天然酵母よりも好んで使っているコマーシャル酵母のほうが勝っている」と、天然酵母は使わずに乾燥酵母を使用しているし、天然酵母で発酵を行う際も「天然酵母に頼りきれないときは、コマーシャルの酵母を使う意思決定をすることもある」という。
発酵が途中で止まるとワインのクオリティは下がる。全体に、すごく“本音トーク”感があって楽しい。
ナカムラセラーズに注目!
2023年に自社ワイナリー開設という夢を叶えた中村さん。カスタムクラッシュ(委託醸造)でnoriaを造っていたころは「(委託醸造先に)細かいオーダーをしても、それがなされていないことを何度も経験」したそうだが、現在はクオリティを100%自分でコントロールできる環境になった。
それだけに悪いワインは造れないというプレッシャーもあるそうだが、noriaのワインはますます進化しそうな気配に満ちている。
試飲させていただいたワインはどれも素晴らしく(個人的にはピノ・ノワールのサン・ジャコモ ヴィンヤードが好き。ゲヴュルツトラミネールを少しだけ混ぜたソーヴィニヨン・ブランも素晴らしかった)、セミナー終了後にはすっかりnoriaのファンになってしまった。
現時点では価格もそこまで高くなく、手に入れやすい。ナカムラセラーズ、そしてnoriaのワイン、要チェックだ。
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