ヒマだしワインのむ。|ワインブログ

年間500種類くらいワインを飲むワインブロガーのブログです。できる限り一次情報を。ワインと造り手に敬意を持って。

登るぞ、ピエモンテ! ワインの異空間でネッビオーロ沼に足を踏み入れてしまった話

通称“ピエモンテ”山下家を訪問することになった経緯

きっかけは、書籍『土とワイン』だ。ワインと土壌の関係について詳しく書かれたこの本は、イタリア・ピエモンテと代表品種のネッビオーロについて一章を割いており、それに大変興味を惹かれた私はツイッターで以下のような質問を投げかけた。

これに対してコーラにメントスを投入したが如き熱烈な反応を示してくれたのがネッビオーロ好きとして高名な山下さん。大量のネッビオーロバローロバルバレスコの、だからつまりネッビオーロのオススメを教えてくれてめちゃくちゃ参考になったのだが、実はこのツイートをするにあたって私は「山下さんからメンションいただけたら嬉しいな」と思っていたりした。

つまり先輩の趣味を調べ上げた上で飲み会でさりげなく「私〜、最近カポレラにすごい興味あって〜」みたいに話題を出すとか、サークルの友人の家にわざと忘れ物をして後日単独での訪問アポをとりつけるといったあざとい系後輩みたいなスキルを発揮してしまったことをここに告白しておかなければならない。私〜、最近すごいピエモンテに興味あって〜。

ともかくそこからとんとん拍子で自宅がワインセラー化したことがバズったことで有名な山下さんのご自宅への訪問が決まった。こう書くとマジであざとい系おじさんのように聞こえるかもしれないがその通りである。

同行してくれたのは、北海道での生産者経験を持つ逆理さん、熱心なワイン資格勉強系アカウントとして有名なもふもふさん、ワインユーチューバーとしてご活躍されるTOKYO WINE GIRLさん(以下、TWGさん)といった素敵な方々だ。山下さん家の最寄駅に集合し、迎えにきてくれた山下さんのクルマでご自宅に案内していただいた。

逆理さんのインタビュー記事はこちら↓

himawine.hatenablog.com

 

山下家の衝撃

そこは足を踏み入れた瞬間に脳が誤作動を起こす空間だった。失礼ながら、建物の外観に際立った特徴はない。玄関のドアを開けてもその印象は変わらない。しかし、LDKへと続くドアを開けると……壁一面、いや、壁二面、正確を期すならば壁三面くらいがワイン、あるいはウイスキーで埋め尽くされた異空間が出現する。最近流行りの異世界転生しちゃった……?

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自宅とは…?

手前のダイニングには四人がけのテーブルが配され、入り口を背にして右手の壁にかけられたカーテンを開くと(おそらくその背後に窓があると思われる場所に)一面のワイングラス。その下部と、隣接する壁は大型の棚となっておりワインが所狭しと安置されている。

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グラスの数と種類もすごい

奥の間左手のおそらくもとは物置なのだろうと思われる場所は上段がウイスキー棚に改修され、下段にはなぜか中身がすかすかのワインセラー(山下さんいわく『冷蔵庫』)がある。そして部屋の奥はワインが詰まった段ボールに占領されている。

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「セラーはガラガラなんだ(笑)」となる

「こういう感じになってるワインショップありますよね」とTWGさんがコメントしていたが、まさにその通りだと感じた。中規模ワインショップのウォークインセラー、あるいはなんなら小規模ショップそのものみたいな雰囲気になっている。

その部屋の隅にワインに半ば埋もれるカタチでふたりがけの小さなソファがギリギリ確認でき、聞けばそこが山下家のメインベッドなのだそうだ。完全に酒が主役ですねこの家……!

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ウイスキーもズラリ。山下さんいわく「フリーフローです」とのこと

この続き間の入り口側の左手にキッチンがあり、そこはなんていうか、ふつうのキッチンなわけですよ。そこだけ生活感がある。ワインショップのやや雑然としたセラー兼倉庫に突然一般家庭のキッチンがあるといった印象で、それが脳のバグ感を生むのだと思う。

お金持ちがワインのために建設した家、というのとは異なる、ワインのために魔改造された普通の家という風情。これは男の子なら誰もが夢見るタイプの家だ。趣味がなんであれ、自宅をその趣味全フリ仕様にすることに憧れない人がいるだろうか(いやいない)。

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自宅とは…?(2回目)

というわけでこれが山下家、通称ピエモンテピエモンテはイタリア語で山裾すなわち山の下、つまり山下)の全貌だ。人のご自宅の内部をこんなにつまびらかに描写していいのかわからないのだが感動して筆が走ってしまった次第である許してください。

なんでも山下さん、大学時代に飲食店で働いていたことから「今しかとれない」という理由でソムリエ試験を受験、見事合格したものの、その時点でワインに興味はなかったのだそうだ。好きなのは主にウイスキーそれで本まで執筆されているわけだが、その後ワインへの興味が芽生え「気がつけばこうなってました」のだそうだ。

「興味が芽生え」から「こうなってました」の間に標高8000メートルくらいの高低差があるのがすごい。約800本あるそうですよワイン。今日から1本も買わずに1日1本飲んでも2年後まだ70本くらい残る。2024年までいけるのやべえ。

すでに文字数がすごいことになっているがここからが本番だ。いざ、そんな山下家でのワイン会の様子をレポートしていきたい。

 

【1本目】カステル・ザレッグ「プラトゥム 2012」

ちなみに、今回のワイン会は私が無理を申し上げて「会費制」にしていただいた。単純に私の経験と知識ではこの天外魔境に持参していくワインがさっぱりわからないという理由からの野暮な申し出だったのだが、そんなわけでこの日のワインはすべて山下さんが手出ししてくださったワインだ(料理も)。

その1本目はイタリアはトレンティーノの生産者、カステル・ザレッグのプラトゥム 2012。品種はピノ・ブラン(イタリア名ピノ・ビアンコ)だ。

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ピノ・ブラン、はじめてだったがものすごくキレイで伸びやかな味わい。1時間ほど電車に揺られたあとで飲むこのワインがスッと体に染み入って、「さあ飲むぞ」と目が覚めるような感じがした。いきなりめっちゃおいしいワインだ……!

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料理もうまい! レバーのムース(右)と白身魚のリエット(左)はバゲットとともに

 

【2本目】ドメーヌ・イチ「ペティアン・ナチュラル・ロゼ2020」

2本目は北海道余市郡仁木町の生産者、ドメーヌ・イチのペティアン・ナチュラル・ロゼ2020。

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私の好きな余市・仁木エリアのワインということですかさず「仁木は余市から電車で2駅なんですよ。行ったことないけど」という脱力系知識を披露したのだが正確には「ひと駅」だった。函館本線で4分です。

himawine.hatenablog.com

ワインはナイアガラらしいトロピカルフルーツみたいな香りが強く、ゴマ的香りは抑え目。飲んでみるとフルーツ系の香りとは裏腹にドライで、あまずっぱくておいしい。

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山下さん注ぎ方もカッコいいんですよ

逆理さんは「ナイアガラだとしたらレッド・ナイアガラですかね、色的に」と分析しておられたが、あとで調べたところヤマブドウのジュース・リザーヴを二次発酵用の糖分を補うため、また色を出すために追加しているのだそうだ。

 

【3本目】モヴィア「ルナール2014」

3本目はスロヴェニアの生産者、モヴィアの「ルナール」。品種はイタリアでリボッラ・ジャッラと呼ばれるレブーラ。このワインは逆理さんのリクエスト。理由は「大地を感じられそうだから」とのことだった。

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このワイン、「上のほうは上澄み状態でキレイですが、下にいくほど濁ってきて、底のほうはヘドロみたいになります(笑)」という山下さんの説明通り、ボトルの上のほうはスッキリした味わいだったが、飲み進めていくほど液体に濁りが生じ、それに伴い苦味や旨味が増してくる印象を受けた。

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この牡蠣の料理洒落てる&おいしかった…!

会の終盤まで繰り返し飲んで「おお、おいしくなってきた!」「濁ってる!」「これは大地!」みたいに会を盛り上げてくれる素晴らしいワインだった。

この時点で会がスタートして45分くらいだろうか。スポンスポンと次々にワインの栓が開き、美味しい料理が次々に運ばれてくる。あれこれ目が覚めたら荒地で寝ているとかっていう日本昔話パターン……? といぶかしむほどの桃源郷具合だ。

初対面同士が多数発生した5人のメンバーの緊張もアルコールの摂取量に比例してあっさりほぐれ、元からtwitterでの交流があることもあり、すっかり2週間ぶりに会ったくらいの空気感。個人的にはこのあたりからハイパー楽しすぎモードに突入していった。

 

【4本目】ドメーヌ・ロマノー・デストゥゼ「シラー 2019」

さて4本目はローヌの造り手、ドメーヌ・ロマノー・デストゥゼのシラー。「ゴリゴリの自然派」(山下さん)というだけに少し濁ったくすみのある色調ながらすごくピュアで果実味を感じられる味わいでハイこれ私の好きなやつ。否、大好きなやつだった。

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「ヴィンテージによってはもっと自然派自然派していて、即“マメる”こともあるんです。この19ヴィンテージは例外的にキレイな造りですね」と山下さんが解説してくれたが、適度な自然派感のあるキレイなシラーで最高。

ここまでで4本。「あれ、そういえばネッビオーロ飲んでない……?」とTWGさんがつぶやいたのに対して山下さんが「本番はこれからですよ……?」とニヤリと応じ、ここから怒涛の3連続ピエモンテタイムがはじまっていく。山下家ではネッビオーロが出てからが本番。

 

【5本目】カ・デル・バイオ 「バルバレスコ“アジリ” 2010」

バルバレスコは『バルバレスコ』『ネイヴェ』『トレイーゾ』の3つの村から造られますが、このワインはそのうちのバルバレスコ村のアジーリっていうランクの高い畑のブドウで造られるワインです」

f:id:ichibanboshimomojiro:20211124135556j:plainと山下さんが解説してくれたのはカ・デル・バイオのバルバレスコ“アジリ”の2010ヴィンテージ。もふもふさんが「かわいいお花の香り」と表現されていたが同意で、すごく華やかな香りがする。一方で味わいは酸味と渋みがガッツリ強い。私は酸味の強いワインが好きなので大変好み。

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もふもふさんお手製のタコの燻製。これ足8本分食べられる。

「上のほうがキャピキャプしてるけど、下のほうは重心が低い。時間が経つとキャピキャピ感が減って重厚さが出てきますね……!」と逆理さんがおっしゃっていて、よくわかんないけどなんかわかる、と思ったりした。

 

【6本目】カッペラーノ「バルベーラ・ダルバ2013」

続いてはバローロ屈指の名門だという造り手、カッペラーノのバルベーラ・ダルバ2013。

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豚のハム(左)とローストビーフ(右)。ワインにめっちゃくちゃ合う

「一般的なバルベーラはもっと早飲みタイプなのですが、この造り手はバルベーラをしっかりと造るんです。2013だと開けるのがまだ早いですが……」と山下さんが注いでくれたグラスからは、おお、ブランデーのようなウイスキーのような、要するに蒸留酒のような香りがする。

熟成由来だろうというその香りと繊細で複雑なその味わいは、「新世界の酸味がなくて濃いやつが苦手」という山下さんの言葉のまさしく正反対という印象で、私が普段飲む濃い! 甘い! うまい! みたいな1000円そこそこのイタリアワインとは大きく異なっていて実に面白い。いま、私はイタリアワイン沼の淵に立っている……!?

「6本目」と「7本目」は写真を撮り忘れてしまった。TWGさんのツイート↓の右上が6本目、右下が7本目。

 

【7本目】ブレッツァ「ランゲ ネッビオーロ2018」

そしてこの日最後のワインは樽がかかっていないという珍しいネッビオーロ、ブレッツァのランゲ ネッビオーロ2018。

バローロを造れる畑のブドウを格下げして造るアンオークのネッビオーロ。一般的ではないですが、ピノ・ノワールが好きな人にネッビオーロを好きになってもらえる、エントリーにオススメのワインです」(山下さん)というワインでおっしゃる通りの味わいっていうかおいしいですねこれは!

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むちゃくちゃおいしかったスペアリブ。芯温を計測しながら絶妙な火入れが完璧なひと皿

薄めの色、華やかな香りにピュアな果実の味わいでまさしくピノ・ノワール的な魅力がありつつ、「ネッビオーロピノ・ノワールもどちらも味わいは『陰』だと思いますが、ネッビオーロのほうが骨格がしっかりしていて、複雑です」と山下さんがいう通り、一本芯が通った凛とした感じもある。

重厚、熟成、ピュアと3通りのピエモンテワインが並んだ後半戦は「ネッビオーロ沼に沈めにいっています(笑)」というだけあってどれも違って、どれもおいしかったのだった。

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山下家のスペシャリテ、生クリームを使わないネッビオーロに合うカルボナーラはパンチェッタから手作り…! 

すべてのワインと料理がおいしくて、同席のみなさんとの会話も極めて楽しく、まったくもって立ち去り難い気分だったのだが私は事情があって時間切れ。再訪を約して約3時間半のピエモンテトリップを終えたのだった。

もっと長くいたかったが、あまりにも楽しすぎて終電を逃し、そのへんの床、あるいはテーブルに突っ伏して討ち死にするイメージがたしかに見えたりもしたのだった。恐ろしい……43歳でそれはマジで無理……! 山下家の抗しがたい魅力、まこと竜宮城の如しである。

山下さん、そしてTWGさん、もふもふさん、逆理さん、楽しい時間をありがとうございました。また飲みましょう!

これがとくに好きでした↓

全然関係ないけどこれは安い↓