神戸・元町のワインバー「リシュリュゥ」に行った
神戸に出張に行ってきた。夜までスケジュールがびっしり詰まるなか、ようやく体が空いた20時過ぎ、行ってみたかったワインバーを訪問することができた。元町駅からほど近い「サロン デュ ヴァン リシュリュゥ(以下、リシュリュゥ)」だ。
とある方から訪問した際のお話を聞き、別のプロの方からも「あのお店はガチ(要約)」と聞いたお店。ちょっと緊張しながらドアを開けてみると、波型のカウンターには先客が3名ほどおられ、みなさん静かにグラスと向き合っている。みんなでワイワイ盛り上がるというよりは、キャンドルの灯りに照らされながらゆっくりとワインを楽しむ場であるようだ。
メニューはなく、マスターから「どんなワインがお好みですか?」と聞かれ、答えた中身に応じてワインを選んでもらえる問診スタイル。
ここで私はハタと思った。私はどんなワインが好みなのだろうか。正直に言うととくになく、私のなかにある一定の「おいしい値」みたいなものを超えていればなんでも好きだ。産地も品種も究極のところ、なんでもいい。
強いて言語化すれば、「甘ずっぱ赤ワイン」「ちょい熟とろとろ泡」「たるたる白ワイン」とかなのだが、いずれも一見で訪問した雰囲気あるワインバーで発語されるのは憚られる低知能ワードばかり。
かといって「普段は税抜き798円くらいのワインを飲んでます、その時々のバイブスで」とも言いにくいというか言う意味がなさすぎて震える。結局、最終的には「ブルゴーニュのピノ・ノワールとか好きですかねゴニョゴニョ」みたいなことを曖昧に発語した気がする。我ながらつまらん回答だ今は反省している。
ピエール・ダモワ ジュヴレ・シャンベルタン2012
さて、いよいよ本題だ。ほぼ手がかりなしみたいな情報しか提供できないなか、出していただいたのはジュヴレ・シャンベルタンの生産者、ピエール・ダモワのジュヴレ・シャンベルタン2012。いいワインが出てきたぞ……!
ピエール・ダモワはブドウを遅摘みするのが特徴の生産者なのだそうで、そのぶんなのかどうなのか、グラスの色調はやや濃いめに見える。
やわらかなブドウをやわらかく搾った結果やわらかい液体になりましたといった印象を受けるワインで、こちらを攻撃してくるのではなくやさしく受容してくれるような雰囲気がある。酸も渋みもおだやかで、やわらかい果実味が温度が上がるほどに高まってくる。うまいなあ。
なんかこう、1日働いた緊張がほぐれるといった点で温泉に入浴したような効果。肩の力が抜けて、お店の雰囲気にもほんのわずかながら馴染んできたような気がする。
アンリ・ジロー フュ・ド・シェーヌ MV09
続いてはシャンパーニュをお願いした。「アンリ・ジローのフュ・ド・シェーヌのMV09を今から開けるところですが、ほかにお好みがあればおっしゃってください」とのこと。ふゅ、フュ・ド・シェーヌ!? プレステージシャンパーニュなわけなんですよそんなもんは。私の脳内電卓的には1杯5000〜1万円。マルチヴィンテージ09とのことで熟成もしっかり経ている……となるとスーパーサイヤ人を計測したときのスカウターよろしく脳内電卓が爆発雲散霧消状態。でも飲みたい。
「もうちょっとお安い感じのやつありますか?」と聞くのもなんかアレだしせっかく神戸まで来てるわけだしと、東の絶対飲みたい山と西のでもいくらするんだよ海が土俵の中央でがっぷり四つのハッケヨイのこった状態。どっちが勝つんですかね、解説の北の富士さん…!
最終的には出張とはいえ旅先のガバガバ経済感覚。ここは行くしかないでしょうということで、ここまでの脳内ドタバタ劇を表情筋には一切出さずにニッコリ微笑み、「いいですね、お願いします」とオーダーしたのだった。絶対飲みたい山つよい。
「マルチヴィンテージ」ってそういやなんなんだろうなーと思って聞いてみると「MV09は09ヴィンテージを中心にリザーヴワインを加えたもの」とのことで、飲んでみるとこれがもう本当に素晴らしい。フュ・ド・シェーヌはつい先日長期熟成を経たものを飲んだばかりだが、注いでいただいたMV09はこれまさに今が飲み頃なんじゃないだろうかという味わい。
突き刺さるようなシャープな酸にリンゴのような果実味、そこにパン窯の扉を今まさに開いたような香りでうっめええええええと思ったのだがここは一見でお邪魔しているワインバー。「おいしいです(にっこり)」程度のリアクションしかできぬ。ああ、叫びたい。シャウト級のおいしさだ。結果的にはまさにどストライクのちょい熟とろとろシャンパーニュだった。樽を使ったシャンパーニュっておいしいですよね。
ヴァイングート・パウリンショフ リースリング・シュペトレーゼ
甘口ワインもいただいた。「ドイツの甘口でもいいですか?」と出していただいたのはヴァイングート・パウリンショフ(※paulinshof 発音は謎)のリースリング・シュペトレーゼ2019。
むちゃくちゃキレイな黄金水(と書くとアレだが)的ワイン。輝くような色合い、八つ切りのまだ青いレモンをチュッと絞ったような香りに、甘さと酸味が体感値1:1のバランスのプレミアム蜂蜜レモン的味わいで非常においしい。
やわらかでたっぷりしたピノ・ノワール、トロじゅくシャンパーニュ、すっきり甘酸っぱ白と、なんかもうお好みは一切お伝えしていないのに結果的には好みのワインばかりいただいて大満足。最高だな神戸。
さてお会計タイムだ。アンリ・ジロー フュ・ド・シェーヌとピエール・ダモワ ジュヴレ・シャンベルタンはいずれも今買おうと思ったら数万円するワインだと思うが一体いくらになるのか……と、届いた伝票に記された金額は、友よ、驚きの7200円だったんですよこれがまた。どうなってんだこれ。フュ・ド・シェーヌ1杯分の値段じゃなくて? 次回はもっと腰を据えて飲んじゃうぞ?
「今度来ていただけたら、もう少しお好みのワインをお出しできると思います」というマスターの言葉に見送られ、大満足のリシュリュゥ初訪問を終えたのだった。私は人生であと何度神戸を訪れるかわからないが、その回数だけ行きたいお店となったのだった。