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「サラ・ビべ・ブリュット」ドローレス・サラ・ビべという女性とメキシコ泡の意外な関係【SALA VIVE BRUT】

サラ・ビべ ブリュットのキャップに描かれた女性は誰だ?

昨夜はメキシコのスパークリングワイン、サラ・ビべ・ブリュットを飲んだ。購入したのは近所のイオン系列のスーパー、まいばすけっと。AEONdeWINEで確認すると、価格は968円税込と非常に安い。昨年の夏、ヤクルトスワローズの梅野勇吾投手の登板頻度(68登板)を思わせる頻度で飲んでいたこのワインだが、考えてみると「メキシコ産」であること以外何も知らない。そして再び手にして気がついた。キャップに誰かいますね、これ。

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この女性は一体……?

というわけで、サラ・ビベ・ブリュットについて調べてみると、激動の時代と波乱の人生を生きた女性、ドローレス・サラ・ビべをめぐる物語が秘められていたのでわたしの話を聞いてください。

ドローレス・サラ・ビべの波乱万丈の人生

舞台は19世紀のスペイン。カタルーニャ州ペネデスに、ラ・フレシネーダという農場があった。そして1911年、農場の所有者のペドロ・フェラーと、ワイナリー「カサ・サラ」創業者の孫娘であるドローレス・サラ・ビべが結婚したところから物語は始まる。

醸造家でもあったサラ・ビべと、敏腕セールスマンだったペドロは手を携えてワイン造りに励む。折しも1890〜1910年代のフィロキセラ禍を機に、ふたりは黒ブドウを白ブドウ品種に植え替え、1914年にはスパークリングワイン生産に参入、ビジネスを成長させ、1930年代には世界進出を果たすまでになる。

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サラ・ビべ ブリュットを飲みました。

しかし、悲劇が訪れる。1930年代後半に勃発したスペイン内戦で夫ペドロと、ふたりの長男が死去。ドローレスは悲しみも負けず、3人の娘とともに経営に邁進。農場の名前「ラ・フレシネーダ」にちなんでつけられた「フレシネ社」がやがて“世界NO.1カヴァ”と呼ばれるまでになる、その礎を築くに至る……。

というわけで、フレシネの創業者だった。すごい人だった、サラ・ビべ。しかもその人生、朝ドラみたいだった。連続テレビ小説みたいだった。連続テレビ小説「サラちゃんのブドウ」とかあってもおかしくないレベル。サラ・ビベ、なんとなくの語感からスペイン語で「泡、万歳!」とかそんな感じの意味かな? と思っていた30分くらい前までの己を深く恥じたい。波乱万丈の人生を送った女性、サラ・ビべをその名に冠したワイン、それがサラ・ビべ・ブリュットだったのだ。

18カ月熟成の味わいは? サラ・ビべ・ブリュットを飲んでみた

サラ・ビべ・ワイナリーはフレシネがメキシコで手がけるワイナリー。そして、サラ・ビべ・ブリュットはピノ・ノワールシャルドネサンテミリオンの3種のブドウを用い、瓶内二次発酵、18カ月以上熟成させるのだそうだ。おいしいわけだわ。

というわけで、久しぶりに飲んだ。よく晴れた休日に、ガレージに簡易テントを設営、宅配ピザをつまみながら飲む、というもうこれなに飲んだって最高なんじゃないか、というシチュエーションではあったものの、やっぱり非常においしく飲んだ。

昨年と今年のわたしを大きく分かつのは、カクヤス500円泡を集中して飲んだことによる安泡に対する知見だ。かつてラッパーのzeebraは悪そうな奴はだいたい友達とラップしたが私には安そうな泡はだいたいこの味、という低いハードルがある。その物差しで測った場合、やっぱりサラ・ビベは値段に対しておいしいと思う。泡が細かくて。飲んだあとの喉の奥でまだ泡立ってるみたいな感覚がある。メキシコで飲んだらうまいだろうなあ。コロナビールにライム入れて飲んだときのあの爽快感を上品にして苦味を抑え果実味を加えるとサラ・ビベの味になる(ならない)。

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vivinoの点数は衝撃の2.8点。わたしの感覚のあてにならなさが良くわかる。おいしいと思うんだけどなあ。

1930年代、ドローレス・サラ・ビべは、スパークリングワイン事業を世界に展開する理由を夫とともにこう説明したという。「お祝いは世界中の人々が行うことであり、私たちのカヴァはその一部であるはずです。」これは素晴らしい言葉だと思う。

メキシコを舞台にしたディズニー/ピクサーの名作映画『リメンバー・ミー』の世界では、死者は祭壇に写真が飾られているか、あるいは誰かが覚えていてくれる限り、死者の国で生き続けることができる。

ドローレス・サラ・ビべは、永遠に生き続けるだろう。世界にお祝いがある限り。そしてわたしは今夜も元気にワインが飲めることを祝うべく、サラ・ビベをこの夏も飲む。梅野勇吾投手の登板数くらいに。