ヒマだしワインのむ。|ワインブログ

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ヴィーガンワインとはなにか? ベジタリアンとヴィーガンの歴史から考えた。

ヴィーガンワインってどんなワインなんだろう。そもそもヴィーガンって?

先日「ヴィーガンワイン」なるものを飲んだ。ここではあえてその銘柄名を出さないが、その造り手もヴィーガンなんだそうで、味わいそのものは非常に素晴らしかった。でもそもそもヴィーガンワインってなんだろうと興味を覚えたので、ワインを愛する者の一人として、調べてみた。ちなみに私はヴィーガンでもベジタリアンでもなく信仰も持たないため普通に何でも食べる。であるがゆえに本記事はヴィーガンを推奨もしないし批判もしない、ただのピュアリサーチであることをご承知おきいただきたい。

ピタゴラスベジタリアンだった? 菜食主義の長い歴史

さて、ヴィーガンについて調べる前に、まずはベジタリアンについて調べてみたいと思う。ヴィーガンは、どうやら菜食主義をさらに一歩進めたものであるらしく、それを知るためにはまず菜食主義を知る必要があると思うからだ。というわけで調べてみると、菜食主義は19世期以前は数学者のピタゴラスにちなんでピュタゴラリアンと呼ばれていたことがわかった。紀元前6世紀、ピタゴラスが創始したピタゴラス学派という一種の宗教結社が菜食主義だったからだ。

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ヴィーガンワインとはなにか? を、菜食主義の歴史から考えてみました。

ではなぜピタゴラス学派が菜食主義だったかといえば、それはピタゴラス学派が古代ギリシャのオルペウス教の影響を受けていたから。オルペウスは伝説的詩人で、毒蛇に噛まれて死んだ妻を取り戻すために冥界に入ったという人物。彼が開祖であるオルペウス教は、輪廻転生とそこからの最終解脱などを教義としていたのだそうで、その影響を受けたピタゴラス学派は、動物を殺すことは殺人に、食肉は殺人と等しいと考えていたのだそうだ。

一方、インドでは生き物を殺したり害することを禁ずる「アヒンサー」というヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教といった宗教の教義があるのだそうで、これは紀元前8世紀の聖典に記載があるのだそうだ。キリがないのでこのへんでやめるが、要するに紀元前から、また汎地球的に人間以外の生き物に危害を加えてはならぬという思想はあったということがわかる。日本では、かの弘法大師空海が同じ趣旨のことを述べているという。

菜食主義と健康、ベジタリアンの登場と「動物の権利」の誕生

そして話は一気に19世紀に飛んで、菜食主義が健康と結びついて論じられるようになると、1847年にイギリスベジタリアン協会が設立されると、50年アメリカ、66年ドイツとムーブメントは広がり、1908年には国際ベジタリアン連合が設立されるに至る。シリアルで有名な「ケロッグ」は、そもそも菜食主義の医学的側面を強調したジョン・ハーヴェイ・ケロッグが、菜食者用シリアルとして世に出したものだったのだとか。コーンフレークは健康食品だった。このケロッグ氏は医学博士であり、菜食主義のセブンスター・アドベンチスト教会の信者でもあったそうだ。

さらに時計の針は進んで1970年代になると、1975年にピーター・シンガーが出版した「動物の解放」という書籍の影響もあり、動物の権利運動が世界中に広がっていったのだそうだ。「動物の権利」に関するwikipediaにはまたしてもピタゴラスが登場し、やはり輪廻転生を信じていたため動物に敬意を払うよう主張していたことが紹介されている。そして、現代において、倫理的に考えた場合、「動物にも「人権」があり、危害を加えてはならない」という結論が導けるのだと書いてある。

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「動物の権利」とヴィーガンは切っても切り離せないようだ。

ここまでだいぶ駆け足で調べたことを記してきたが、本記事は以上の主張に賛否どちらの態度も表明しないことを改めて宣言しておきたい。一点、調べた感想を付け加えるならば、動物愛護という概念は、ある種のペット愛好みたいなものの延長線上にあるものだと私はボンヤリとらえていた。ピタゴラス学派に端を発する歴史ある概念だということを知ったのは大きな学びだったと言える。人間を人種や性別で差別するべきではないように、他の種を差別すべきではないという考え方であるようで、根底には差別の否定がある。

いずれにしても、宗教的理由ではじまった菜食主義が、やがて健康のためのものとなり、現代においては動物の権利、種の差別をするべきではないという考えへと変遷していったという過程があったことがわかった。

ヴィーガンとはなにか。ベジタリアンとなにが違うのか

さて、以上が古代から現代における菜食主義の歴史の超ざっくりの概要だ。続いて、ヴィーガンとはなにかといったテーマに移る。

菜食主義が動物性の食品を食べることを避けることだとしたら、ヴィーガンとはあらゆる動物製品を避けることが含まれるのだそう。卵も、乳製品も食べず、革やウールといった動物製品も避ける。「ヴィーガン」のwikipediaに載っている英国ビーガン協会の定義によれば、『「Veganisimとは、可能な限り食べ物・衣服・その他の目的のために、あらゆる形態の動物への残虐行為、動物の搾取を取り入れないようにする生き方」である。』とある。また、日本ベジタリアン協会はヴィーガンを『「動物に苦しみを与えることへの嫌悪から動物性のものを利用しない人」と定義している』のだそうだ。

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「野菜しか食べない人」という説明は、ヴィーガンの一側面に過ぎないみたいです。

菜食主義の歴史を俯瞰したとき19世紀に「健康」というキーワードが、20世期に入って「動物の権利」というキーワードが、菜食主義を思想的に補強していったことがわかったが、ベジタリアンに対して、より後者(『動物の権利』)の影響を強く受けているのがヴィーガンということのようだ。少なくともヴィーガンは「健康のために野菜しか食べない」という立場とは決定的に異なることがわかる。

畜肉や魚、乳製品などを摂取するのが当たり前の暮らしをしていると、動物の権利という言葉は直感的に理解できにくい部分もあるからか、ヴィーガンを宗教視する意見も散見されるが、ヴィーガンはそもそも宗教的思想(ピタゴラス学派やオルペウス教)に端を発していることは覚えておいていいかもしれない。最近ぽっと出てきた考え方ではないことは、知っておくべきだろう。ちなみに、ヴィーガンという言葉そのものは、1944年のイギリスで、ヴィーガン協会の共同設立者であるドナルド・ワトソンという人物が造った造語なのだそうだ。

ヴィーガンとワイン造りの関係

さて、ではこのヴィーガンという概念がワイン造りとどう関わってくるのか。ワインはブドウ果汁を発酵させてつくるアルコール飲料であり動物性のものは使われていないように見えるが、実はその製造の過程で動物製品が使われている場合が多いようだ。以下の記述は、主に書籍『イギリス化学会の化学者が教えるワイン学入門』に拠る。

動物製品をワイン造りに使うのは、「清澄」という工程であるようだ。清澄は、濁りの原因となる浮遊物と、ワインのバランスを崩す過剰なタンニンを取り除くためにおこなう作業で、清澄剤としては「天然由来のタンパク質、なかでも卵白アルブミンや、動物の骨や皮のゼラチン、牛乳のカゼイン、そしてチョウザメのアイシンググラス(魚にかわ)などがよく利用されてきた」(前掲書)とある。

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ワインの製造工程の「清澄」と呼ばれる作業には、動物由来の素材が使われることが多いそう。

前掲書にはヴィーガンに対する記述もあり、「動物由来の食品をいっさい口にしないビーガンやベジタリアンのなかには、卵白や乳製品が使用されたかもしれないワインを口にするのをためらう人もいるかもしれない。そうした懸念を完全に拭い去る方法は、ベントナイトを使用するか、もしくは清澄を行わないかのいずれかしかない」としている。

ヴィーガンワインとは、無清澄、あるいは清澄に動物製品を使わないワインのこと

これは、すなわちヴィーガンワインとはなにかの定義と言って良さそうだ。つまり、清澄を行わないワイン、あるいはベントナイトという粘度の一種を使ったものということになる。ベントナイトには強い吸着性があり、ワインから果実の風味を奪ったり、沈殿量が多くなるためワインの破棄分が増えてしまうといったデメリットもあるのだそうだ。「清澄のメカニズムはとても複雑で、まだ完全には解き明かされていない。」(前掲書)とあり、ワイン造りは日進月歩であるようなので、今後もしかしたらさらにヴィーガン フレンドリーな清澄材が見つかるかもしれない。

ここまでで分かる通り、ヴィーガンワインとはワイン造りにおける清澄という工程で動物製品を用いない(あるいは清澄を行わない)ワイン、といえる。そのため、オーガニックとかビオといった農法とは根本的には関係がない。ただ、私が飲んだヴィーガンワインはオーガニックの極地的とも言えるビオディナミ農法によって収穫されたブドウを使った、亜硫酸塩無添加自然派ワインであった(自然派ワインの定義や是非は本項のテーマではないので省略する)。 

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これはただのイメージで、なんの裏付けもない放言だが、印象としては工場で大量生産されるヴィーガンワインといったものはイメージしにくく、自然派の造り手が小ロットで造るものに多いように思う。

冒頭で述べたように、私はヴィーガンではなく、吉野家の牛丼やマクドナルドのハンバーガー、豚骨ラーメン、寿司、といった食事を好むごくごく一般的なニッポンのワイン好き中年男性にすぎないが、なにより大切なのは多様性であると信じる者の一人でもある。この世界にはヴィーガンのためのワインが存在すること、そして少なくとも私が飲んだものは非常に素晴らしい味わいであったことは、本当に素晴らしいことだと思うといった感想を述べて、本稿を終える。また、本稿の記述はそのほとんどをwikipediaを参考資料としたため、正しくない点もあるかもしれない。もし間違いがあれば、twitter等で(@hima_wine)ご指摘いただければ幸甚である。