「AIソムリエ」とは?
恵比寿のワインマーケット・パーティで実施された「AIソムリエ」のデータ収集テイスティングに2回にわたって参加してきた。
と、書いてもなんのことやらさっぱりだと思うので説明すると、AIソムリエとは株式会社ExtenD(エクステンド)が展開する事業。「1滴・1分でワインの味と香りを定量化するダイヤモンド化学センサ」を用い「液体の『化学指紋情報』を取得する」が謳い文句だ。
うーむ、なるほどね。ダイヤでセンサで指紋ねはいはいはいわかったわかった(まったくわかってない)。というわけでド文系人間の私にはなんのことやらさっぱりわからない(ごめんなさい)。わからないものをわかる最適の方法は自ら体験することだ。まずは「なにをやったか」から説明しよう。
集まったのはExtenD社の方々と、4名のテスター。一般社団法人日本ワインブドウ栽培協会の奥村嘉之事務局長、ワインマーケット・パーティ沼田英之店長、ワインプラスカレッジ講師で『WINE ブラインドテイスティングの教科書』著者の鈴木明人さん、そして私(自称ワインブロガー)だ。明らかに私だけ場違い感が凄まじいのだがそういうのが全然気にならないという特質が私にあってよかった。
2024年2月8日に実施された第一回のテイスティング実験では、この4名がまず30種類のワインを飲み、「香りの強度」「酸味」「渋み」「うま味(甘味)」「余韻」「ボディ」「アルコール」といった項目を1から5までの数字で評価。同時に同じワインのダイヤモンドセンサによる測定が行われた。
そして、4月13日に実施された第二回では、第一回の結果を共有しつつ、新たに13種類のワインのデータを収集した。
キーワードは、4名のテスター、ダイヤモンドセンサ、そしてAIのみっつだ。まず、なぜダイヤモンドが必要なのかから私の理解できた範囲でまとめていきたい。
AIソムリエとExtenD社と日本におけるダイヤモンド研究
ExtenD社CTO(最高技術責任者)の大曲新矢さんは、産業総合研究所九州センターの研究員で、ダイヤモンド研究では世界的なトップランナーというすごい方なのだが、大曲さんいわく、ダイヤモンドは強度が高いため高電圧に耐えることができ、金やプラチナといった従来の素材よりもはるかに幅広いレンジで測定が可能になるのだそうだ。
これは大曲さんが言ったことではなく文系原始人の私の勝手な解釈だが、従来のセンサが1センチ単位で目盛が振られた30センチ定規だとしたら、ダイヤモンドセンサは長さが1メートルあって、かつ0.1ミリ単位で目盛が振ってあるみたいな印象だ(数字は適当)。その大きくて細かいダイヤモンド定規を使うことで、ワインという複雑な液体の、固有の特徴を数値化できる。
面白い話がある。とある大学が同じワインを海底で熟成させたものとさせていないものを分析したところ、成分は「同じ」という結果となった。ところが両者を人間が飲んで感じた味わいはまったく違ったのだそうだ。
人間の味覚はどうにかしてるほどレンジが広く、「まったく同じ成分の液体」を「まったくの別物」と判断してしまう(もちろんそこには認知バイアスもあるだろうが、それも含めて味覚と言っていいだろう)。そんな「まったく同じ成分の液体」でも、ダイヤモンドセンサならばそれぞれを「別物」と認識させることができる。
それを、ExtenD社は「液体の化学指紋情報」と呼んでいる。すべての液体には指紋のように固有の特徴がある。それを波形としてとらえられるのがダイヤモンドセンサだ。
ただ、ダイヤモンドセンサにも限界はある。センサが測定するのは液体ごとに異なるスペクトル(波形)のみ。それを見てわかるのは「ワインごとに波のカタチが違うなあ」という「月は丸いなあ」みたいな事実のみであり、それは私のような文系おじさんでも、大曲さんのような日本が誇る知能みたいな人でも基本的には同じこと。
そこに意味を持たせるために、私(おまけ)を含む4名のテスターがアサインされたというわけだ。テイスティングの専門家である鈴木さんや沼田さんを中心とする専門家の味覚情報を、AIによってダイヤモンドセンサで測定したスペクトルと紐づける、私が参加したのはそのためのデータ収集の場だったというわけだ。
AIソムリエとAIと人間の感覚
そして、人間の味覚データとダイヤモンドが測定するスペクトル、両者を結びつけるのがAI。だから「AIソムリエ」というサービス名となる。
ダイヤモンドセンサとは、だからすなわちソムリエの舌のようなものだ。ソムリエ(ダイヤモンドセンサ)の敏感な味覚は、一般人(従来のセンサ)が感知できないワインの微細な違いに気づくことができる。そしてダイヤモンドセンサが測定した微細な違い、それをAIによって人間の味覚データと紐付け、定量的な数値として出力する。それが「AIソムリエ」というわけだ。
私は当初、センサによって「苦味度」「酸味度」「渋み度」みたいに各要素の量を計測しているのかなとぼんやり思っていたが、そうではなかった。そして、それらの測定値は人間の感覚と紐づいていないので、それ自体で味わいを評価するのは難しいのだそうだ。ワイン好きなら誰もが理解できるように、酸が高いと甘味を感じにくかったり、タンニンが強いと酸も強めに感じたり、残糖がゼロでも樽熟成を経たワインでがあればバニラのような甘みを感じたりもするからだ。
ゆえに測定数値だけでワインを定性的に評価することは(当たり前かもだけど)難しい。反対に、人間の官能評価だけでワインを定量的に分類することもまたできない。極めて感度の高いセンサとAIによって、測定結果と人間の味覚情報、定量と定性ふたつのデータを結びつけようとしている点にAIソムリエの独自性がある。
AIソムリエがもたらす未来
じゃあこのAIソムリエが、我々のワインライフにどう関わってくるのかといえば、それはまったくの未知数だ。近未来、ワインマーケット・パーティに並べられた2000種類のワインすべてがAIソムリエで測定され、その味わいが数値化されてPOPに掲示されている可能性はある。しかし、まだ実用には至っていない。
一方で、ダイヤモンドセンサを用いたこの液体測定技術はワインだけに用途が限られたものではない。
たとえば、ダイヤモンドセンサによる測定とAIによる分析は、人間の尿の微細な変化から超初期の病気の兆候をとらえることができるかもしれない。河川を流れる水の極々わずかな変化から、土砂崩れの予兆をキャッチできるかもしれない。
そのような、我々の社会全体へのインパクトをもたらす可能性を持つ事業のファーストステップとして我らがワインが選ばれたのは、
・十分な市場規模があり
・味わいがわかりにくく
・味わいがわかりにくいという認知が共有されているから
なのだそうだ。ワインがわかりにくくてよかった。
AIソムリエと第二回テイスティング実験
第二回のテイスティングでは、6種類のソーヴィニヨン・ブラン、7種類のピノ・ノワールの計測が行われた。ソーヴィニヨン・ブランはステンレスタンクで発酵・熟成させた典型的なものものあれば、樽発酵・樽熟成させたシャルドネのような風味のものもあり、独特な香りのする自然派的なものもあった。ピノ・ノワールも、オーソドックスなブルゴーニュから日本の薄うま系、ジンファンデルと勘違いしそうなくらい濃いものまでさまざま用意されていた。
人間の味覚では明らかに異なるこれらの味わいを、ダイヤモンドセンサはどうとらえ、AIがそれをどう人間の味覚と紐づけるのか。今回の実験を経て、その精度はさらに高まっていくはずだ。ソムリエが数多くのワインを舌に乗せることで、テイスティングの精度を研ぎ澄ましていくように。
これだけの多様性がある商品でありながら、ワインの味わいを評価する軸は「甘口か辛口か」とかくらいしか実のところ存在しない。それも酸やタンニン、樽などの要素によって感じ方は大きく異なってしまう。
AIソムリエは、そんなわかりにくいワインの世界をわかりやすくしてくれる、それこそソムリエ的存在になっていくのだろうか。なんとなく乗りかかった船的な感じもあるし、引き続き注目したい次第だ。
今回のテイスティングで個人的に印象的だったやつ。これぞ余市のピノ・ノワール↓