クリュッグ グランド キュヴェを飲みに、亀戸へ
過日、以前一度伺ったことがある亀戸のシャンパンバー・デゴルジュマンの店長こと泡大将氏がツイッターでクリュッグ グランド キュヴェをグラスで提供する旨つぶやいておられた。
クリュッグは「これだけは飲んでおきたい」みたいな銘柄のうちのひとつ。そして私はシャンパーニュが好物。これはいくしかあるまいと、いくつかの予定をねじまげて総武線を南へ向かった。目的はひとつ。クリュッグだ。クリュッグを飲んだことがある側の人間に今夜、我はなる。
亀戸駅を降り、細い路地を抜けてビル型飲食店コンプレックス的な施設である“亀戸横丁”へとたどりつき、雑然したその内部を奥へと進むとデゴルジュマンはある。泡大将に「クリュッグ一杯だけでもいいですか……?」とおずおずと尋ねると、「もちろん、いいですよ!」と迎え入れてくれた。一杯飲む時間しかなくて恐縮だが、歓迎してもらえて一安心だ(結局2杯+α飲んだけど)。
クリュッグ グランド キュヴェの「エディション168」ってなんだ?
さて、この日提供されていたのはクリュッグ グランド キュヴェのエディション168。168ってなんだろう? と思うわけだが、「エディション162から、エディションの数字が入るようになったんですよ」と泡大将が教えてくれた。
クリュッグが設立されたのは1843年。その最初のキュヴェが「エディション1」で、エディション168はそれから数えて167回目に造られたキュヴェであることを示すみたい。はいカッコいい。
というわけで元気よく「クリュッグください!」とお願いし、泡大将に注いでもらうわけだがその間にクリュッグがどんなシャンパーニュなのか教えてもらった。
ヒマ:そもそもクリュッグってどんな特徴があるんですか?
泡:樽発酵なのですが、ノンマロ(マロラクティック発酵を行なっていない)なんです。なので、酸化のニュアンスがしっかりとあるのが特徴ですね。有名どころでは、サロンや(ルイ・ロデレール)クリスタルなんかもノンマロです。
ヒマ:なるほど〜。お、注いでもらうとこれあれですね、意外と泡は控えめなんですね。
泡:ジャック・セロスなどもそうですが、あくまでワインとして造っているんですね。泡はあくまでも楽しみのひとつの要素、というか。
ヒマ:ほえ〜、なんとなく、いいシャンパーニュ=泡立ちが豊かみたいに思ってました。ちなみに、このエディション168はどんな感じなのでしょうか?
泡:ベースになっている2012年は太陽の年って言われる明るくて陽気な特徴があるんですよ。たとえばボランジェ グランダネ 2012はトロピカルフルーツみたいな感じがするほどです。
ヒマ:そのヴィンテージの特徴がこのエディション168にも表れているわけっすね。おし、じゃあいただきます!
泡:開けたてなので、ぜひ時間の経過による変化も楽しんでみてくださいね!
さて、このあと30分ほど時間をかけて飲んだわけだが、私が感じたのは「これは、起承転結の『起』の部分だ」ということだ。
素晴らしい小説は最初の50ページから物語に引き込まれる。素晴らしい映画は冒頭30分が短編映画として成立する。素晴らしい漫画は1巻で完結しても面白い。
今回飲んだボトルは目の前で開けてもらったもの。「お、やった、開けたてだヒャッホー!」みたいに喜んでいたのだが、泡大将いわくこのシャンパーニュは常温でも楽しむことができ、抜栓後一週間くらいはヘタらずに楽しめるという。
はじめてのクリュッグは大変おいしかった。すごくおいしかったのだが、私が感じたのは嵐がやってくる前の薄暗くなった空と生暖かい風のような印象だ。「このあとやべえやつがくる」みたいな感覚。つまり起承転結でいう起の部分。
なんでこう思うのかといえば、泡大将のおっしゃる通り、わずか30分程度の間に味がどんどん変わったんですよ本当に。グラスを回すたびに香りが変わり、飲むたびに味の印象も変わる。どんどん複雑になり、魅力的になっていった。
シャルル・エドシック ブリュット・レゼルヴがすごかった!
ちなみに、私は1杯のクリュッグを泡大将にじっくり解説してもらいつつ飲んだのだが、素人の厚かましさでこんな質問もしてみた。「泡大将オススメのスタンダードシャンパーニュはなんですか?」 というものだ。
いるんですよ。プロの小説家に「オススメ小説ベストワンは?」とか映画監督に「オススメ映画なんでもいいんで1本教えてください」とか言っちゃうタイプの素人。それ完全にこの日の私でしたすみません今は反省している。
ともかくその愚問に対する答えが、シャルル・エドシック・ブリュット・レゼルヴ。なんでもこのシャンパーニュ、現行品は3年の熟成後にリリースされるらしいのだが、「旧ラベル」では熟成期間がなんと8年だったのだそうだ。それは裏ラベルで確認でき、「よかったら飲んでみますか?」と出してもらったボトルには、セラー入りが2009年、デゴルジュマンが2017年である旨が記載されている。(デゴルジュマンではこの『旧ラベル』を複数本確保しているのだそうだ)
もちろんノータイムで「いただきます」と回答。シャルル・エドシック専用グラスに注がれた液体がヤバすぎたんですよみなさん。
先ほど注がれたクリュッグとはまったく違う激しい泡立ち。香りは……これ完全にクリームブリュレ! 冷たい状態でサーブされたのに、香りはオーブンから出した瞬間のあっつあつのそれ。飲んでみてもその印象は変わらず、口のなかで泡と一体となっておいしさ爆弾みたいになる。液面が焦げたカラメルでカチカチになってんじゃないかってレベル。
なんですかねこれは。原始生命って太古の海とかじゃなくてシャンパーニュの泡から発生したんじゃ? って思うほどのエネルギーを液体から感じる。うますぎ注意報……いや、うますぎ警報だよこれは!
ヒマ:なんですかこれは。超絶うまい。どうなってるんですか一体!
泡:クリュッグとは違ってマロがかかってるんですよね。発酵はステンレスタンクで、樽は使っていないんですけど、コクがすごいですよね。
ヒマ:えっ、樽使ってないんすか。
泡:そうなんですよ。「樽がきいてるね!」と言う方が結構います(笑)。
ヒマ:へ、へえ〜、そうなんすねあはははは。(『樽、きいてますね!』って言わなくて良かった……!)
泡大将はシャルル・エドシックを「シャルル」と呼んでいた。マニアはカップ焼きそば「一平ちゃん 夜店の焼きそば」を、親しみを込めて“ちゃん付け”をやめ、「一平」と呼ぶというがそれに近しいものを感じた。
シャトー・リューセック1996もすごかった!
「クリュッグを1杯飲んで帰る」って話じゃなかったのかよ感ここに極まれりだが、こんな感じでクリュッグ エディション168をいただき、2017デゴルジュマンのシャルル・エドシックをいただき、その後シャトー・リューセック1996までいただいてしまったのだった。
長くなるのであれなのだがシャトー・リューセック1996やばかったんですよほんと。泡大将いわく「高級セメダインの香り」とのこと。全カブトムシ憧れの究極の樹液、みたいな味がして、これもすさまじい味覚体験だった。めちゃくちゃおいしかった。
こんな感じで目の前にはクリュッグ グランド キュヴェ、シャルル・エドシック ブリュット レゼルヴ、そしてシャトー・リューセック1996の空のグラスが並んだ。そして最後に、空のはずのクリュッグのグラスの香りに私は心底驚いたのだった。キャラメルの香りがする! なんだこりゃ。「どうしてこうなるんですか?」と泡大将に問うと、「深いですよね……ワインは」という答えが返ってきた。「答えは風の中にある」といった意味だと解釈し、深く記憶に残るワインを3種飲ませてもらって滞在約45分、私は亀戸を後にしたのだった。うーん、大満足。またお邪魔します!
注:本記事の内容は、泡大将氏に飲みながら聞いた話をベースにしています。仮に本記事の内容に間違いがあれば、それは私の聞き間違い、もしくは知識不足からくる勘違い。間違いがあればご指摘ください!
クリュッグ、1本まるまる飲みたいなあ……。
シャルル・エドシック ブリュット レゼルヴ。現行品もいずれ飲まねば。
シャトー・リューセック1996は意外とお手頃……!