「ハウルって、一体いくつ名前があるの?」
(『ハウルの動く城』宮崎駿・脚本/監督 2004年)
「自由に生きるのに要るだけ」
ボテガス・ネレマンのシグナチュールを買った
2022年1月のアマゾンのタイムセールで、ボテガス・ネレマンの「シグナチュール クリアンサ」が安くなっていたので買った。なんかこう、ラベルが派手でいいなと思ったという完全なるジャケ買いだ。
品種を見るとモナストレル80%、テンプラニーリョ20%とある。あれ、モナストレルってなんだっけ。あなた別の国だとなんかほかの名前で呼ばれてますよね? となって、次の瞬間つい先日お友だちと飲んだ際に似たような話をしたのを思い出したのだった。
そのとき飲んでいたワインは、なかに「マタロー」がブレンドされており、あれ、マタローってなんだっけ。『魔太郎がくる!!』って藤子不二雄Aだっけ。別の国だとなんか他の名前で呼ばれてますよねあなた、となったのだった。
で、結論をいえばモナストレルとマタローは同じ品種。どちらもムールヴェードルの別名なのだった。ローヌでグルナッシュ、シラーとGSMの一角を構成するアレ。
モナストレルとムールヴェードル、そしてマタロー
Wikipediaによればムールヴェードルの原産はスペインとする説が有力だそうで、ワインを伝来させたでおなじみのフェニキア人によって紀元前500年ごろにもたらされたようだ。フェニキアは現在のレバノンのあたり。レバノンは最古のワイン産地のひとつで、フェニキア人たちが地中海世界と交易するなかでワインとブドウ栽培を広めたわけですね。ロマンしかねえな……。
フランスでムールヴェードル、スペインではモナストレル、オーストラリアやアメリカではマタローあるいはマタロと呼ばれるこの品種の語源は、それぞれ以下のようなもののようだ。
ムールヴェードル→バルセロナの地名を示すカタルーニャ語「ムルビエドロ」より
マタロー→バルセロナの地名マタローより
モナストレル→謎
謎なのかよ。ただ謎な割にモナストレルの栽培面積は広く、資料によれば2020年時点ではスペインで5番面に多く栽培されていたそうだ。ちょっと意外。アイレン、テンプラニーリョ、ボバル、ガルナッチャ・ティンタの次だそうです。ガルナッチャはガルナッチャ・ティンタの略称なんだって。へー。
このモナストレル(=ムールヴェードル)温暖な気候を好むことから、今後の気候変動によってさらに産地が広がることも予想されるそう。補助品種のイメージが強いけど、これからは単一品種で造られたワインを飲む機会も増えるかもしれないですね。以上、ムールヴェードル雑調査を終わります。
モナストレルとネレマン「シグナチュール」
さて、今回飲んだのはそんなモナストレルを主にしたワイン。生産者のネレマンはどんな造り手なのか、公式サイトのアバウトアスのページを開くと「MAKE WINE NOT WAR」と書かれたTシャツを着たオジサンが出迎えてくれる。ネレマンさんなんだろうきっと。
なんていうかこう、Tシャツから全面に出てるイメージそのままに、オーガニックでヴィーガンでカーボンニュートラルなワイン造りが信条なのだそうで、除草剤などは不使用。ワインの清澄には動物由来の物質を使わず野菜由来のものを使用しているそうだ。
環境に負荷を与えず、動物を傷付けず、土着品種にこだわって、ただただおいしいワインを造る。創業者であるオランダ人・ネルマンさんが嫌いなのは「ワインスノビズム」だそうだ。どれくらいワインスノビズムが嫌いかって「Just Fuckin' Good Wine」っていう名前のワインがあるくらい。ネレマンさんワイン会でキツめにマウント取られた経験でもあるのかな……? ともかく、ラベルを読み解く必要のあるワインじゃなくて、ただただおいしいワインを造るのだワシは、みたいなアティテュードでワインを造っているみたいです。
今回飲んだシグナチュールはモナストレルを80%、テンプラニーリョを20%使い、中古のフレンチオークで8〜9カ月、瓶内で2年熟成。テンプラがワインにフレッシュさを、モナストレルが熟した砂糖漬けのようなパワフルさを提供するとある。シグナチュール、名刺がわり的な意味合いと「ナチュール」のダブルミーニングと見た。
私はヴィーガンでもなんでもないが、ともかくおいしければなんでもいいという立場。いざ、飲んでみよう。(ただし環境負荷は低いほうがいい。ガラスボトルやめちゃうわけにはいかないんですかね)。
ネレマン「シグナチュール」を飲んでみた
飲んでみると、オーガニックとかヴィーガンとかって盛んに言っているわりに自然派感はほとんどなく、ふつうにおいしい赤ワインとして楽しめる。農法がオーガニックで植物由来の清澄剤を使用してるとしか書いてないから、造りは意外と普通だったりするのかもしれない。
とにかく良いのは香りだ。香りだけなら星4つ、みたいな印象で、1000円台のワインでここまで香るのは珍しいというほど香り量が多い。白い花、黄色い花、赤い花が咲き誇る5月の花畑みたいな印象で、ずっと嗅いでられる系。
味わいは果実がもう一声あったら最高なのになあという渋すっぱ主体の味わい。ただ1000円台としては十分優秀で、「もう一声」があったら3000円級の味わいになると思われる。タイムセールで1000円台半ばで買えたらかなりお得、みたいな印象だ。
※
ムールヴェードルには95もの別名があるのだそうだ。カベルネ・ソーヴィニヨンにはカベルネ・ソーヴィニヨンの、ピノ・ノワールにはピノ・ノワールのイメージがある。その点モナストレルと言われてもピンとこないので、名前のイメージに縛られず自由に飲むことができるような気がする。
それは土着品種(この場合ただのシノニムだけど)を飲む楽しみであり、ネレマンさんが目指すところでもあるのだろう。自由になるにはそれに必要なだけの名前が要るのだ。