ヒマだしワインのむ。|ワインブログ

年間500種類くらいワインを飲むワインブロガーのブログです。できる限り一次情報を。ワインと造り手に敬意を持って。

渋谷ワイナリー東京の醸造責任者・村上学さんのワイン造り【インタビュー】

渋谷ワイナリーを訪ねることにした

渋谷駅近くの宮下公園跡地に造られたオシャレ商業施設・MIYASHITA PARK内に、醸造所併設のレストラン「渋谷ワイナリー」がある。そこで醸造責任者を務める村上学さんとある会で知遇を得、今度ぜひワイナリーに遊びに行かせてくださいと言って別れた。

そのような声がけは社交辞令であるケースも少なくないが、私の場合渋谷のど真ん中でワイン造ってる現場なんて見たすぎるに決まってるでしょうが! と当然なるのですぐ行った。行く人生か行かない人生かなら行くほうの人生を歩んでいきたい。もう不惑も過ぎたことだし。

JR渋谷駅からは徒歩で5分ほどだろうか。MIYASHITA PARKのまばゆいばかりのオシャレオーラにひるみつつたどりいた渋谷ワイナリー東京は、落ち着いた雰囲気のレストランのガラス越しに5基並んだステンレンスタンクが目を引く施設。

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渋谷ワイナリー東京の醸造責任者・村上学さん。ガラスの向こうはオシャレなレストランです。

「どうも!」と出迎えてくれた村上学さんは長く勤めた会社を50歳を機に退職し、その後ワイン造りの道に進まれたという方だ。

「退職後、深川ワイナリーや東京ワイナリーにボランティアやお客さんとして通うようになっていました。あるとき深川ワイナリーで醸造助手を募集していることを知り、ここなら家からも通える!と、醸造体験気分のアルバイトで2018年8月から勤務、ちょうど働き出してすぐの時に渋谷ワイナリーの話が持ち上がり、やらせてくれるならと立候補し就職することに。そこから本格的な修行が始まりました」(村上さん)

営業職を長く勤めていたということもあってか、村上さんは物腰が丁寧で、話が上手なコミュニケーション名人という印象。さっそく詳しく話を聞いていこう。

 

渋谷ワイナリーのワイン造り

ヒマ:今日はよろしくお願いします。レストランの裏側にステンレスタンクが5基。このスペースで醸造もされるわけですか?

村上:そうです。スペースが狭いので、搾汁、瓶詰めなどの作業によって、いちいちレイアウトを変更して、なんとかやってます。

ヒマ:よく見ると、大きな樽があったり、瓶詰めの機械があったり、除梗破砕機があったりと、いたるところにワイン造りの道具がありますよね。うまくスペースを利用しているわけですね。

村上:ほとんどパズル状態ですね(笑)。

ヒマ:レストランからガラス越しに見えるステンレスタンクがいかにも醸造所! という印象です。中身はなにが入っているんですか?

村上:スロベニア製の651リットル入るタンクですが、実は今は5つあるタンクのうち2つしか使っていなくて、ひとつはソーヴィニヨン・ブラン。もうひとつはピノ・ノワールが入っています。もうすぐピノノワールが入ってきて、もう2タンク埋まります。

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タンクから直接ソーヴィニヨン・ブランを注いでいただいた。こんなもんおいしいに決まってるわけですよ。

ヒマ:このタンクで発酵させるんですか?

村上:白の場合直接ステンレスタンクに入れて発酵させる場合もありますが、赤や日本の白品種は、まずは2つある500リットル入りポリタンクで醸し発酵を行います。だいたい原料のブドウを800キロ単位で仕入れ、2つのタンクで400キロずつ醸し発酵。それを搾汁して合わせると大体ステンレスタンクいっぱいの600リットルになる計算です。分けたふたつをそれぞれ違う造りにしたり、いろいろ実験しています。

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500リットル入りのポリタンク。ワイン用ではないそうだが、使い勝手がいいので愛用者が多いそうだ。

ヒマ:面白そう! どんな実験でしょう?

村上:ひとつは天然酵母で発酵させて、もうひとつは乾燥酵母にしたりですね。面白いですよ。

ヒマ:へー、やっぱり味が変わるわけですか。

村上:乾燥酵母はキレイでパワフルな味に、天然酵母だと力強さはないものの、複雑な味になりますね。どっちがおいしいか? というと意見が分かれます。「乾燥酵母派」のほうが多いのですが、私自身は天然酵母で発酵させたものが好みです。

 

渋谷ワイナリーの「瓶詰め」と「ケグ詰め」

ヒマ:醸し発酵が終わったら、ステンレスタンクに移すわけですか。

村上:そうです。搾汁機で絞って、ポンプでタンクに移します。普通はタンクの中に液体が満杯の状態をキープして、その後一気に瓶詰めするわけですが、レストランで出す分もあるため少しずつ減っていくのがウチの特徴ですね。

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醸造所の片隅で登場の時を待つ除梗破砕機のご様子。写真右にはワインを詰める“ケグ樽”の姿も見える

ヒマ:「渋谷で造ったワインがその場で飲める」がウリなわけですもんね。それってどうやって提供してるんですか? 

村上:生ビールなんかに使う「ケグ樽」を使います。ケグ樽は10リットル入るので、600リットルのタンクから60個とれる。ワインができたら10〜20個くらいケグ詰めして渋谷ワイナリーのレストランや系列店に出し、150本くらいを瓶詰めして販売したりとか。残ったタンクにはアルゴンガスを注入して、ワインの状態をチェックしながら適宜出していく感じです。

ヒマ:レストラン用(ケグ樽)と販売用(瓶)を需要を見極めながら用意しなくちゃいけないわけですね。

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除梗破砕機に入れられた甲州の様子。(写真提供、村上さん)

村上:そうです。白の瓶が少なくなってきたから詰めようか、といったふうに。さらに、たとえば5月にオーストラリアから原料が来るのですが、それまでにタンクを開けなくちゃいけないから……といったふうに、先々のスケジュールも考える必要があります。レストランが食材を仕入れるのに似てますね。それを3カ月先まで考えるイメージです。

ヒマ:うわ、これもパズルですね(笑)。そして国内だけでなくオーストラリアからも原料が来るわけですか。

 

渋谷ワイナリーとワインの原料

村上:今タンクに入っているソーヴィニヨン・ブランピノ・ノワールニュージーランドの原料ですよ。深川ワイナリーの上野醸造長と(ニュージーランド・ホークスべイの生産者)大沢ワインズの方が仲が良くて、その縁で使わせてもらっています。大沢ワインさんが原料を提供しているのはウチだけです。

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ニュージーランドからやってきたピノ・ノワール。右のグラスはタンク下辺の蛇口から、左のグラスはタンク最上部の液面からすくったもの。上部は透明になりかけているが、下部はまだ清澄途中で濁りが強い状態。

ヒマ:へー! それは面白い。どうやって輸入しているんですか?

村上:まず大沢ワインズさんで収穫して除梗破砕したブドウをドラム缶に入れてもらいます。それを冷凍倉庫にすぐに入れ、冷凍のまま輸入。日本に着いたらまた冷凍倉庫に入れて、ドラム缶のまま凍った状態でウチに届く感じです。

ヒマ:これまた面白い。ブドウの状態じゃないですね。

村上:破砕して冷凍するのがベストだと感じています。ドラム缶パンパンに入れるので空気に触れる面積も少ないですしね。深川ワイナリーの醸造家で私の師匠でもある上野(浩輔)さんが海外原料の輸入に詳しくて、試行錯誤して辿り着いた方法です。

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醸し発酵中のピノ・ノワール。(写真提供:村上さん)

ヒマ:解凍はどうやって?

村上:自然解凍です。だいたい5日間くらいかかります。いまタンクに入っているピノ・ノワールは去年の12月8日にドラム缶の状態で届き、13日にポリタンクに移して、ひと月くらい醸し発酵を行って、1月19日に搾汁して、ステンレスタンクに移しています。

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搾汁機。手作業での搾り作業はかなりの力仕事になるそうだ。

ヒマ:この取材をしているのは2月の半ばですが、すでにお店で提供しているんですか?

村上:いいえ、まだです。オリが下がりきっていないので、濁った状態なんですよ。飲んでみますか。

ヒマ:えっ、いいんですか飲みます。あ、ほんとだ。ちょっと明るめのこしあんみたいなかわいらしい色をしていますね。少し白っぽいような。

村上:透明になるまで、あと少し時間がかかりそうですね。ウチでは清澄剤を使わないので、透明になるまで待ちます。その後オリ引きをして濾過して完成ですが、それがいつになるかはまだわかりません。ひと月は先かなあ。

ヒマ:タンクに入れられた状態のワインははじめて飲ませてもらいましたが、どんどん味が変わって面白いですね。

村上:そーっと20分くらい置いておくと色も変わってきますよ。オリが下がって透明になってくる。うちは酸化防止剤以外の、オリ引き剤などの薬品を使わないので、基本的には静かに待ちます。

 

渋谷ワイナリーと深川ワイナリー

ヒマ:しかし村上さん、数年前までサラリーマンだったとは思えないほど、醸造家が板についている感じがします。

村上:そんなことはないですよ。ワイン造りも深川ワイナリーのやり方しか知りませんしね。ただ、深川ワイナリーでは8月のはじめにデラウェアが届いて、12月の頭に青森のスチューベンが届くまで、つねに醸造の仕事がありましたから、経験を積むには良かったと思います。ブドウの産地にワイナリーがある場合、一度に大量に仕込む必要があると思うのですが、深川や渋谷の場合そうではなく、一定の量を何度も仕込むことになりますからね。

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サンジョヴェーゼロゼの仕込みの様子。絞ったあと(写真右)ってこんな感じになるのかー! (写真提供:村上さん)

ヒマ:さらに海外からも原料が届くわけですから、醸造の経験値は自ずと高まっていくわけですね。

村上:そうですね。シーズン初めの収穫が遅く、その後のブドウの収穫が早まり、醸し発酵用の開放タンクがフル稼働状態で空きがなく、困った結果、苦肉の策で「カベルネ・ソーヴィニヨンの白」を造るなんてこともありました。逆に、醸し発酵のタンクはあるけどステンレスタンクがなくて、ナイアガラからオレンジを造ったり。これは好評で、翌年も造りました。

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村上さんが造ったワインや系列ワイナリーのワインがレストランで楽しめる。これは飲み比べセット1500円。

ヒマ:さまざまな産地からいろんなブドウが集まってくる、都市型ワイナリーならではのワイン造りなんですかね。

村上:ある年は山梨のマスカットベーリーAの色が薄くて、15%だけ長野のマスカットベーリーAを混ぜたりね。

ヒマ:面白いな〜。この醸造所もどこか研究所(ラボ)的雰囲気を感じます。ところで最後の質問なんですが、愛好家だったころと醸造家になったあとで、変わったところってありますか? ワインの見方とか、向き合い方とか。

村上:うーん、どうですかね。醸造家とワインを飲むと、みんな欠点を探すんですよ。この匂いはなんだ? とか、なんで濁ってるんだ? といったように。ワインを楽しむというよりも、品質をチェックするんです。自分のワインを評価するのでも「欠陥がないからまあいいか」といったふうに言う。ソムリエがワインのいいところを探すのと逆の立場なんです。

ヒマ:一般人はおいしいか、おいしくないかしか考えないですもんね(笑)。

村上:その点、私はまだまだ思考が素人だと思います。本当は醸造家目線ももっと必要ですし、しっかりと利益を出すための経営者目線も必要だと思います。利益を出さないとお店がなくなっちゃいますし、利益を出せばいい原料を仕入れられますからね。

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私が人生で利用した施設でいうと「理科実験室」に近い印象を受けた。

ヒマ:ワインを造るだけでも大変なのに……。力仕事でもありますよね。

村上:冷凍倉庫に原料の入ったドラム缶を取りに行ったり、農家さんに生果を取りに行ったりもしますが、タダで筋トレできて嬉しいなと思ってます(笑)。

村上さんの前職は製薬会社の営業マン。ワイン好きのドクターと付き合うなかでワインと出会い、やがてのめりこんでいったんだそうだ。そして退職後はアルバイト感覚ではじめた醸造の仕事が、セカンドライフの「本職」になっていった。なんだか、人生がワインに導かれているみたいで、私にはとても素敵に感じられる。

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渋谷で醸造されたワインの数々。このリストは現在さらに伸びており、今後も伸びていく。

50歳を過ぎて新しいことをゼロから覚えるのはすごく大変だと思う。産地までクルマを運転し、ブドウを積み込み、渋谷まで戻り、タンクに詰める。その作業は想像するだけでしんどい。しかし、その苦労を微塵も見せずに醸造家として働く村上さんはすごく生き生きして見えた。

なんだかこの先の人生にとても勇気をもらえるような、そんな渋谷ワイナリー東京初訪問だったのだった。村上さん、ありがとうございました!