ヒマだしワインのむ。|ワインブログ

年間500種類くらいワインを飲むワインブロガーのブログです。できる限り一次情報を。ワインと造り手に敬意を持って。

クリュッグ90! アンリ・ジロー フェ・ド・シェーヌ00! ジャック・セロス ロゼ! 「熱劣化研究会」参加レポート

ワインバーふたみ主催「熱劣化研究会」とはなにか

東京は三軒茶屋のワインバー「ふたみ」といえば、店主・Sさんの美意識が炸裂した、国宝・曜変天目茶碗の内部でワインを飲んでいるような気分にさせてもらえる唯一無二の固有結界的ワインバー。そのワインバーふたみのツイッターアカウントが、ある日こんなことをつぶやいていた。

数日間28-29度ほどの室温に放置されたことで熱劣化している「かもしれない」クリュッグの1990ヴィンテージ、アンリ・ジロー フェ・ド・シェーヌ00、ジャック・セロスのロゼをみんなで飲もうというイベント。こんなもん一択・オブ・ザ・一択で行くに決まってるのですぐに参加を表明し、当日が来るのを一日千秋の思いで待つこと約20日間。ついに当日を迎えたのでその模様をレポートする。結論を先に書こう。とんでもない夜だった。

 

熱劣化研究会と「詫びシャン」とポル・ロジェ ブリュット(?)

入店したのは午後6時。私の対面にはシャンパンバー・デゴルジュマン店主の泡大将がお客さんとして座っている。シャンパーニュシャンパーニュの専門家の解説を聴きながら飲めるという無敵の環境だ。熱劣化(してるかもしれない)シャンパーニュへの期待がピンと張られた弓のような緊張感に転化した空気の中、Sさんが「10名の予定のところ、11名分の予約を入れてしまったので、『詫びシャン』です」と持ってきてくれたのは「ポル・ロジェのスタンダード」というシャンパーニュ。こちらだ。

これは…!?

「ポル・ロジェのスタンダード」だけだと説明が足りてない気がするんですよ。どっから見ても現行感のない昭和〜平成初期感あふれる佇まい。なんでもSさんが都内某所の冷蔵庫の奥底に眠っていたのをサルベージした一品だそうで、これを見つけ出す嗅覚がシャンパーニュハンターすぎるしそもそも「詫びシャン」っていうワードが強い。あと私は漫画好きなので「リアル『11人いる!』だ!」となったのでわかる人だけわかってください。

熟成ポル・ロジェに話を戻すと「おそらく80年代後半か、もしかしたら90年代の前半くらいのものだと思います」という泡大将の分析に従えば30年から35年ほどの熟成を経ているにも関わらず、弱いながらも泡が残って、熟成感がありつつもグラスのなかに液体がちょこんと座っているようなかわいらしさもある。40年前におばあちゃんがくれた子どもにはよく理解できない味がするタイプの飴、みたいな味わいで、複雑さがありながらも飲みものとしてちゃんとおいしい。スタンダードシャンパーニュでもこんなに長い時間の熟成に耐えられるんだなー! 

 

熱劣化研究会1杯目:クリュッグ ヴィンテージ1990 ブリュット

というわけでいよいよ熱劣化疑惑シャンパーニュがやってくる。まず1杯目はクリュッグヴィンテージ1990だ。コルクを抜いたSさんから「泡が『シュ』という音がありました」と報告があり、続くテイスティングで「抜群にいい…」と一言。

クリュッグ ヴィンテージ1990。ガス圧は下がってもボトルから放たれる圧はむしろ高まっている…!

「まるで健全。熱劣化したシャンパーニュは味が抜けてしまう、とくに果実が抜けてしまうのが特徴ですが、そんなことがまったくありません。リリースされたては荒々しいほどに主張が強いクリュッグですが、アタックの強さはそのままに味にまとまりが出ています」と泡大将。

どんなもんだと私も黄金色の液体が入れられたグラスに接近して行くと、熟成したシャンパーニュ特有の香りがうなぎ屋の店先レベルのボリュームで漂ってくる。飲んでみると、ロックで頼んだクセ強めのシングルモルトウイスキーの氷が溶け始めてちょうどいい塩梅になったときのような丸み感が液体にあり、同時に甘いお菓子を焚き火で炙って焦げた表面のような香ばしさを伴う甘やかさみたいなものが遠くに感じられてうわなにこれ超おいしい。そして時間経過とともに蜜のようなニュアンスが出てくる。熱劣化とは? となる味だ。

「都内の玄関に15年間放置されていたシャトー・マルゴーを飲んだことがありますが、健全でした。ボルドーシャンパーニュは、かなりの状態に置かれていても大丈夫だと思います」とSさん。泡大将によれば、シャンパーニュはその豊かな酸によって熱から守られているのだそうだ。味に一本芯を通す攻撃力のみならず、ワインを守る防御力まで備えているとか、すげえな、酸。

 

熱劣化研究会2杯目:アンリ・ジロー フェ・ド・シェーヌ2000

こうなってくると俄然残りの2杯も楽しみになってくる。続いて登場したのはアンリ・ジローのフェ・ド・シェーヌ。ヴィンテージは2000年。一口飲んだ泡大将に感想を聞くと「……勝利です」と一言。

「ちゃんとアンリ・ジローしていますね。アンリ・ジローの特徴は樽発酵、樽熟成。キレイに熟成していて、凝縮感がすごくあります。これから温度が上がってくるとトロピカル感が出てきて、さらにキャッチーな味わいになってくると思います」(泡大将)

結論を先に述べると、私は3杯のワインを飲んだ直後「クリュッグが一番好き」だと感じたが、最終的には「今日はアンリ・ジローが一番良かった」と思うに至った。グラスに注がれた時点で十分においしかったのだが、そこからの伸びが尋常ではなかったのだ。

フェ・ド・シェーヌは2000年がラストヴィンテージ。にも関わらずなぜかある02ヴィンテージ。ないはずのワインがある、それがふたみクオリティ

4コーナーを回るまで馬群の中で虎視眈々と上位を窺っていたアンリ・ジローが東京・三軒茶屋競馬場の長い直線でグングン末脚を伸ばし、見事首差で他の2杯を差し切ったような印象。グラスのなかでここまで「伸びる」ワインを私は飲んだことがなく、その点でも極めて貴重な経験をした。

想起したのは「アキレスと亀」だ。のろまな亀を俊足のアキレスが追うのだが、アキレスが追いかける分だけ亀も先に進むため、その差は無限に縮まるけれども永遠に追いつくことはないというパラドクス。それと同じように、アンリ・ジローのグラスの液体も飲んで体積を減らすごとにすごみを増していき、そのピークが永遠に見えないような感じがした。飲み干したけど。

いやほんと、シャンパーニュだってのにぬるくなって泡がなくなるほどにおいしくなっていったんですよ。普通に理解できない。

 

熱劣化研究会2杯目:ジャック・セロス ロゼNV

じゃあ最後に登場した2011年デゴルジュマンのジャック・セロス ロゼが一枚劣るのかといえばもちろんそんなことは全然まったくなかったのだった。泡大将いわく「セロスのロゼは他のロゼシャンパーニュと一線を画す、個人的にトップクラスに好きなロゼシャンパーニュです。熟成したセロスロゼは初めてなので、すごく楽しみです」とのこと。

セロスのロゼ。後ろのバラとシャンパーニュのボトルとグラスが三位一体の美しさ。

香りをとり、ニヤリと笑みをこぼした泡大将。

「……3連勝ですね。文句なし、店を閉めてきてよかった。さすがふたみさん、打率100割……!」といつも冷静で知的な泡大将が珍しく静かに興奮している様子がなんかすごく良かった。ファーストインプレッションのみならず、実際に泡大将は3キュヴェのなかでセロス ロゼが一番好みだと評価しておられた。

そのセロス ロゼの入ったグラスを指差し確認してみると、ロゼのピンク感は薄まり、淡いオレンジのようないい色。「よし!」とこれにて点検完了して香りに移ると、3種類のなかでこれが一番フレッシュに感じられ、味わいにも野イチゴみたいな少しワイルドで酸味を伴う果実感が感じられた。子どもの頃に迷い込んだすごくいい香りがする花が咲き乱れていた夕暮れの空き地のような郷愁を伴う香りと味わいだ。

「ファンタかよ」ってくらいゴロゴロあるセロスのロゼ。一番右のは80年代のものですって。

「2011年のデゴルジュマンなので、ベースとなるワインは2004年前後のものだと思います。セロス ロゼは当たりボトルを引くとサクランボの佐藤錦みたいな感じがあるのですが、このボトルはそれがそのまま深みを増している感じです」(Sさん)

単体ですさまじいのはもちろん、お隣の席の方にシェアしていただいたちらし寿司ともよく合った。正確にはパワフルな味わいで炊き込みごはんのニュアンスを感じるほどの旨味にあふれたシャリに合ったように思う。みなさん、ワインバーふたみに来たらちらし寿司ですよ。

ちらし寿司。うまみ警報危険度5。ただちに食べるべき逸品。

 

熱劣化研究会を終えて

というわけで熱劣化研究会、ふたを開けてみればただの健全熟成シャンパーニュを3杯いただいたという結果になった。

シャンパーニュには出荷直後、熟成の最初のピーク、その次のピークと3回ピークが来るみたいな話があるが、泡大将によれば「クリュッグは3回目の熟成のピークをわずかに超えている印象で、ここからは味が少しずつ抜けていき、熟成香が支配的になっていくと思われます。アンリ・ジローは今がピーク付近で、まだ伸びていく感じがする。セロスのロゼはボトル差がわりとありますが、これは素晴らしいボトルですね」とのことだった。シャンパーニュと熟成のマトリクスは沼の底にある沼だ。とんでもない世界の片鱗を見た。

気がつけば3時間が溶けている。次の予約の方に席をゆずるため、えっ、これ1杯分の値段にも満たないんじゃ……? みたいな会計を済ませて、私はここで退席。

単純にすごいお酒を安く飲ませてもらったぞ、という話ではなく、同じお酒が好きな人たちが集い、どんな味になっているのかと好奇心マックスで目の前のグラスに臨む、その趣向がそのものが最高に楽しかった。ワインバーふたみのホスピタリティおそるべし。ワインの「面白がり方」が最高に上手いお店という印象だ。

そんなこんなで、私みたいなふだん1本500円とか1000円のワインをうまいうまいと飲んでいるような人間が紛れ込んで良い場だったのかどうかはさておいて、素晴らしい経験をさせていただいたのだった。

Sさん、泡大将、同席した皆様、楽しい時間をありがとうございました。次はいつですかね……!

最近買ったシャンパーニュのセット。

東京でシャンパーニュ飲みたいなーと思ったら、デゴルジュマン&ワインバーふたみにぜひ。

himawine.hatenablog.com

himawine.hatenablog.com