ヒマだしワインのむ。|ワインブログ

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ジャック・セロスはどんな生産者か? シャンパーニュの名匠について調べてみた

ジャック・セロスとはどのような生産者なのか

先日、東京・亀戸のシャンパンバー「デゴルジュマン」で、超高級シャンパーニュであるところのジャック・セロス「イニシャル」のご相伴に預かるという天変地異レベルの僥倖に恵まれ、ありがてえありがてえと飲んだところ腰が抜けそうになるほどおいしかった、という話を書いた。

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あれから数日、かえすがえすもおいしかったなあ、あのワインという思いが募る一方で「よし、じゃあもう一度買って飲んでみよう!」というお金があるわけでなく、悶々&鬱々とした気持ちを昇華すべくワインについて調べることにした。

ジャック・セロスの「イニシャル ブリュットNV」が衝撃的すぎました。

ジャック・セロスとはどのような生産者なのか。それがテーマだ。

 

ジャック・セロスとアンセルム・セロスと1970年代のシャンパーニュ地方

ジャック・セロスには単独のwikipediaページが存在し、それによれば設立は1950年代。ジャック・セロスとその家族によって設立され、ファーストヴィンテージは1960年。

所在地はシャルドネで有名なコート・デ・ブラン地区のグランクリュ格付けのアヴィズ村。木下インターナショナルによれば、アヴィズ、クラマン、オジェ、メニルに合計6.15ヘクタール、すべてシャルドネの畑があり、アンボネイに0.35ヘクタールのピノ・ノワールの畑があるそうだ(ちょっと詳細がよくわからないのだがアイにも畑があるみたいです)。ブドウの栽培から醸造までを行うRM、レコルタン・マニピュランというやつですね。

wikipediaに記載された座標をGoogleマップにコピペしたら出てきた畑。いい畑だなあ。

で、やべえのは1980年にドメーヌを引き継いだ2代目のアンセルム・セロス。

rarewineco.comの記事によれば、アンセルムがフランス・ブルゴーニュはボーヌの醸造学校で学んでいた1970年代、シャンパーニュ地方では「少数の大手生産者が主導権を握り、小規模な生産者はほとんど力を持」っていなかった。ブランド力だけがモノをいう、それがシャンパーニュだったのだそうだ。

セロスの畑の裏手にはブテイユ・ド・シャンパーニュ公園というとんでもない公園があります。

この記事では1970年代という時代を「シャンパーニュ業界が果実(引用者注:もちろんワイン用ブドウのこと)の品質に無関心であったことで有名」とまで書いてある。そこは関心を持とうか。

「イニシャル」は裏ラベルにも情報いろいろ。

そんな状況だったがゆえに、「果実は商品として売買され、産地が価格を決定する唯一の要因」であったことから、「生産者は収量を減らしたり、労働集約的な有機栽培を行うインセンティブ」がなかったとある。“目方でいくら”の世界だったわけですね。

余談だが、ロバート・モンダヴィの自伝に、オーパス・ワンを作る前のナパ・ヴァレーも似たような状況だったと書いてあった記憶がある。農家がトラックでブドウを運び込んで荷台から果実をざざーっと下ろし、ビフォアアフターのトラック自体の重量差に対してお金を払うみたいな。

ボブさんは、そのぶん高く買い取るから量より質にこだわってくれと農家に根気よく伝え、それによりブドウの品質が向上し、オーパス・ワンのような偉大なワインを作り出すことができたのだそうだ。グランヴァン生まれるところ、量から質への転換あり。

 

ジャック・セロスとアンセルム・セロスのシャンパーニュ改革

ジャック・セロスの記事に話は戻る。1970年代、アンセルムは「シャンパーニュではなく、ブルゴーニュ醸造学を学び、そこでコシュ・デュリ、ラフォン、ルフレーヴといった偉大な醸造家」たちと出会う。

イニシャル、すげえ色してる。飲む黄金の茶室。

そしてドメーヌを父から引き継ぐと、「収量の大幅な削減と有機農法」という「フランスの他の地域では受け入れられ始めていたものの、シャンパーニュ地方ではまだ異端視されていた考え方を取り入れ」て、自信のワイン造りをはじめる。

当時フランスの他地域では収量を落とす、有機農法を取り入れるといった今に連なる品質向上の試みがはじまっていた。しかし、プロダクトがブランド売れしちゃう当時のシャンパーニュでは、前述のように品質を高めるインセンティブが働かなかった。ブランドが強すぎるとプロダクトが時代から取り残されるのって、ワインに限らずどんな業界にもあるよなあ。

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ともかく、アンセルム・セロスはそんな環境下で栽培・醸造の両面からワインの品質向上に取り組み、シャンパーニュに以下のような“革新”をもたらした。

・低収量
天然酵母
・SO2最小限
・木樽で発酵、熟成
・長期間のシュールリー

あともちろん有機栽培(ビオディナミ)。それによって、以下のような評価を得るに至ったようだ。

「彼のワインがなぜこれほどまでに高い品質を持つのか、そのテクニックは説明できるかもしれないが、なぜ誰も彼のワインが示すとらえどころのない「セロス」の風味特性や驚くべき質感を真似ることができないのか、その理由は説明できない。」(前掲記事)

アンセルムは1994年にフランスのレストランガイド、ゴ・エ・ミヨによってあらゆるカテゴリのなかでもっとも優れたワインメーカーに選出される栄誉を受けるなど名声を極めると、2018年に息子のギョームにドメーヌを引き継いだそうだ。なにこのスタンディングオベーションしたくなる気持ち。

 

ジャック・セロスのラインナップ

最後にジャック・セロスのラインナップについても調べていきたい(以下、情報は木下インターナショナルの公式サイトより)。まず私がいただいたのがスタンダードキュヴェの「イニシャル ブリュット NV」。アヴィズ、クラマン、オジェのグランクリュ畑のシャルドネから造られたブランドブランだ。おいしかったなあこれ。

ほかに少し甘め(セック)の「キュヴェ・エクスキーズ セック NV」があり、反対にドサージュなしの「ヴェルシオン・オリジナル エクストラ・ブリュット NV」もある。こちらはアヴィーズ、クラマン、オジェのブドウを使うのはイニシャルと同じだが、斜面の区画のブドウを用い、クラマンの比率が高いのだそうだ。

でもってフラグシップの「シュブスタンス ブリュットNV」がある。死ぬまでに飲みたいやつ。造りの特徴はなんといっても減った分を注ぎ足していく寿司屋におけるアナゴのツメ方式ことソレラシステム。こちらはしっかり理解するために図にした。

ここまではすべてブラン・ド・ブランだ。

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さらに、「ミレジム エクストラ ブリュット」はその名の通り単一ヴィンテージのみで造るワインで、これは3代目・ギョームの着想で少なくとも09ヴィンテージはシャルドネピノ・ノワールブレンドになっているそうだ。

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ロゼ ブリュットNV」は、かつてはエグリ・ウーリエの赤ワイン(なにそれ飲みたい)をブレンドしていたそうだが、自社畑の赤ワインをブレンドするようになったとのこと。飲んでみたすぎる。

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このほかに、各地の単一畑のブドウで造られたリュー・ディシリーズもある。その多くがピノ・ノワールで、各地に点在するピノ・ノワールが植わった畑を上手く活かそうとしてるっぽいですね。特徴は以下のような感じだ。

リューディ アイ ラ・コート・ファロン エクストラ・ブリュットNV

アイの単一畑のピノ・ノワールから造られる。ドサージュ2g/L

リューディ メニル・シュール・オジェ レ・キャレル エクストラ・ブリュット NV

シャンパーニュ地方でも最良の畑」のシャルドネ100%。ドサージュ1.3g/L

リューディ アンボネィ ル・ブー・デュ・クロ エクストラ・ブリュット NV

アンボネイのピノ・ノワールで造ったブラン・ド・ノワール

リューディ マルイユ・シュール・アイ スー・ル・モン エクストラ・ブリュット NV

ドサージュ0のブラン・ド・ノワール

 

ジャック・セロス関連銘柄

ジャック・セロスだけでも(少なくとも)これだけのものがあるが、問題は「高くて私には買えない」こと。しかし、世の中にはなにごとも抜け道というものがある。ここからは安く買えるセロス関連のワインを見ていこう。

まずはイタリア・カンパーニャ州の生産者、フェウディ・ディ・サングレゴリオとアンセルム・セロスがコラボして土着品種で造るスパークリングワイン、ドゥブル。

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もう少しセロス度が高そうなのがミニエール。アンセルム・セロスに師事したという造り手が樽発酵・樽熟成・ノンマロ・長期熟成でつくるセロス的シャンパーニュで、その名も「アンフリュアンス」というキュヴェがある。アンフリュアンスは英語でインフルーエンス。つまりセロスの影響を受けたと公言しているわけですね。

次にセロス・パジョン。こちらはアンセルムの甥っ子のジェローム・セロスが造るシャンパーニュ。ジェロームは2年間ジャック・セロスで修行したという人物だ。

最後にジャック・セロス3代目のギョーム・セロスもギョーム・セロス名義でシャンパーニュをリリースしている(ただし高い)。

というわけで、ジャック・セロスについて調べてみた。調べるだけ調べてこう、心のなかのモヤモヤはだいぶ解消されたのだが……やっぱりまた飲みたいわ!

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