ヒマだしワインのむ。|ワインブログ

年間500種類くらいワインを飲むワインブロガーのブログです。できる限り一次情報を。ワインと造り手に敬意を持って。

アキコ・フリーマンさんに「フリーマン」のワインについて聞いてみた。

フリーマンの醸造家、アキコ・フリーマンさんのこと

カリフォルニアの生産者「フリーマン」の醸造家、アキコ・フリーマンさんとお会いした。

そのときの模様はNumeroで記事にしたのでぜひご覧いただきたいのだが、Numeroはワイン媒体ではないファッション媒体。マニアックなワインの話は書いていないので、本記事ではアキコさんに聞いたワインの話をしっかりと書いておきたい。

小学生のころにうっかり料理にロマネ・コンティを使った話、ハリケーンの夜に出会った夫・ケンさんとのなれそめ、オバマ大統領と安倍晋三首相の晩餐会に自身のワインが採用されるに至る経緯などの面白すぎる話は、ぜひNumeroの記事をご覧いただきたい。

 

フリーマン「ユーキ エステート ヴィンヤード ロゼ ブリュット」

さて、まず飲んだのはユーキ エステート ヴィンヤード ロゼ ブリュット。フリーマンとしては初めてのロゼ泡だが、これが誕生した背景には2020年にカリフォルニアを襲った山火事の影響がある。

フリーマンにとって、ブドウの収穫前に山火事が起きたのは初めてのことだったようで、完熟するのを待っていてはブドウが煙に巻かれてしまうのは必至だったことから、やむを得ずピノ・ノワールを早摘みし、苦肉の策で仕込んだのが、ユーキ・ヴィンヤード ロゼ ブリュットだというわけだ。

ちなみに、煙の影響を受けたブドウでワインを仕込むと(実際、ブドウに保険をかけていなかった生産者が実験的に仕込んだケースもあったようだ)「タンクから煙が出るんじゃないかというくらいのいぶされたような香り」がするそうだ。

 

「ユーキ エステート ヴィンヤード ロゼ ブリュット」はどんなワインか

さて、スティルワインの醸造家がスパークリングを造る際、ふつう選択するのがカスタムクラッシュ。すなわち委託醸造だ。アメリカではスパークリングブームだが、自社醸造する生産者はそう多くない。

のだが、アキコさんはスパークリングワイン造りの専門家に教えを乞い、自社醸造にこだわっている。ご自身いわく「凝り性」なのだ。

オークの小樽で発酵・熟成をおこなったあと、前年に仕込んだユーキ・ヴィンヤードのピノ・ノワールを加えて色やアルコールなどを調整。ドサージュは1g/L。5gからゼロまでいくつも造って調整し、最終的に1gに落ち着いたという。

でもって飲んでみるとこれが実にしみじみうまい。早摘みした感じは言われなければ気がつかないレベルで、海から吹き付ける風と、夏でも夜中は10度を切るという気候がもたらす豊かな酸、果実のやわらかさが混じってあまずっぱ複雑うまい。

渋みもどこかに残っていて、それが赤ワイン的なニュアンスも与えてくれるのはロゼの良さだ。テカテカの和牛ステーキと合わせてもまったく問題がなく、それをアキコさんは「酸が油を切る」と表現していた。なんかカッコいい…!

 

フリーマン「グロリアエステート 輝 ピノ・ノワール」とグリーン・ヴァレー

飲んだ順番は前後してしまうが、「グロリアエステート 輝 ピノ・ノワール」も素晴らしいワインだった。

このワインのAVAは「グリーン・ヴァレー・オブ・ロシアン・リバー・ヴァレー」¥ロシアンリリバー・ヴァレーAVAのサブリージョン。

ロシアンリバーヴァレーというと冷涼な生産地のイメージがあるものの実際は気候変動の影響で今やそんなに涼しくないらしいのだが、グリーンヴァレーはそのなかにあって「明らかに気候が違う」エリアなのだそうだ。明確に涼しいらしい。

話は逸れるが、フリーマンは「ウエストソノマコーストヴィントナーズ」の一員で、アキコさんの夫のケンさんはその3代目会長。ウエストソノマコーストのAVA化を達成した、まさに当事者だ。

アキコさんいわく、「本当は名称も“トゥルーソノマコースト”にしたかったんです」とのこと。ソノマコーストと一言でいっても沿岸部と内陸部では気候は大きく違う(寒流がもたらす冷たい風が吹き付ける沿岸部のほうが涼しい)。ウエストソノマコース(WSC)とはまさに沿岸部を指すエリアで、そここそが「真のソノマ“コースト”」だという思いが込められている。

そして、グリーン・ヴァレーもロシアン・リバー・ヴァレーのなかでも沿岸部にほど近いエリア。やがてはこのエリアもWSCに組み込みたいという思いがあるようだ。海からの冷たい風は、ブドウの生育期間を長くする。涼しいことで酸が落ちずに残り、フレーバーもしっかりと豊かに出る。

 

「グロリアエステート 輝 ピノ・ノワール 2018」はどんなワインか

「グロリアエステート 輝 ピノ・ノワール」に話は戻る。グロリアはこの畑の前の所有者の名前であり、アキコさんとケンさんの出会いのきっかけとなったハリケーンの名前でもある。そこに植えられたアキコさんの好みのピノ・ノワールのクローンたちから、このワインは造られる。

醸造において興味深かったのが、畑で選果後、さらにソーティングテーブルで選果し、除梗したあとで「梗をかじってみる」というお話だ。そこで青さを感じなければ梗も5%くらい入れるそう(青かったら入れない)。

その後天然酵母で発酵を行い、「よいエクササイズ」だというピジャージュを経て、フリーランとプレスジュースを分けて別々に樽に入れて熟成し、瓶詰め時にはそれを「混ぜたり混ぜなかったり」する。

梗の取り扱いにせよ、ブレンドにせよ「必ずこうする」のではなく、その年のブドウの状態によって、「やったりやらなかったり」する。「ワインは畑ででき、その土地のことを語り、ワインメーカーのしたこと、しなかったことを語ります。ブドウが語る物語を、私が通訳しているんです」とアキコさん。心のメモ帳に彫刻刀で彫りたい言葉だ。

いただいた2018ヴィンテージは、2017年に起きた山火事の影響を受けている。といっても悪い影響ではなく、収穫後に降った灰が肥料となり、2018は豊作かつブドウも健全に生育した良いヴィンテージとなったのだそうだ。アキコさんいわく「山火事もテロワールということになる。一流の人にとっては逆境だって絶好球なのだ。

「グロリアエステート 輝 ピノ・ノワール2018」は、飲んでみるととにかく華やか。そして骨格がしっかりとあり、非常にエレガントだ。パーティや記念日の会食など、ハレの場で飲みたくなるようなすごく明るいワインで、まさに「輝き(グロリア)」。

グロリアヴィンヤードは元々りんご畑。水はけはいいが乾いて硬いその土地に空気を入れるため、5年前から大根を植えているという。大根が地中で伸び、それを引き抜くことで地中に空気が入る。それにより、雨が降るとミミズが出てくる以前よりさらに元気な畑になってきているというのだが、目下の悩みは大根がたくさんできてしまうこと。アキコさんは「フリーマンたくあんができるかも」と9割冗談ながら1割本気感のあることをおっしゃっていた。なにそれおいしそう。

 

フリーマン「涼風 シャルドネ 2019」

最後に「涼風 シャルドネ 2019」、2015年に開催されたオバマ大統領と安倍晋三首相のホワイトハウスでの晩餐会で2013年ヴィンテージが使われたというワインについても記しておきたい。

アキコさんは、フリーマンの初代ワインメーカーであるエド・カーツマンさんに10年間師事し、のちにワインメーカーに就任した際、夫であるケンさんに「シャルドネはできない」と宣言したのだそうだ。カリフォルニアの「たるたるしたシャルドネ」が苦手だったというのがその理由。

「じゃあ、すっきりしたもの造れば?」と言われたのがアキコさんのシャルドネ造りの原点なのだそうで、「涼風」というキュヴェ名は、産地であるグリーン・ヴァレーを吹く涼しい風と、その味わいから命名されている。

新樽率100%で樽発酵・樽熟成。それだとそれこそたるたるしちゃうんじゃないかと思うが、秘密は樽そのものにある。

使うのは樽のニュアンスが出にくいフランス製の樽で、内側はミディアムからライトロングのローストにしてあるという。ライトロングはその名の通り、軽く・長く焼きを入れることなのだそうで、バニラ香は出るがトースト香は出にくくなるのだそうだ。

また、タイトグレイン、すなわち木目が密なものを使うことで、これまたオーク感が出過ぎることを防いでいる。

シャルドネと樽の関係は、女性とお化粧の関係に似ています」とアキコさん。元が良ければ少しのお化粧で見違えるほど引き立つのだ。アキコさんの発言、すべて太字にしたくなるなあ。

飲んでみると、ワインそのものの印象は涼しい気候のシャルドネでありながら、そこに樽の印象が加わることでカリフォルニア的な朗らかさ・明るさみたいなものも加わっている。焼いた栗のような感じ、温かいクリームブリュレのような甘やかさと、それらの温かい印象と天秤の反対側で釣り合う冷たい酸がある。このバランスがいい。

そしてエレガントだ。味わいには変に突出した部分がなく、丸みがあり、厚みがあるのにスムーズ。その印象は、やはりアキコさんの持つエレガントさに一脈通ずると思う。ワインはワインメーカーを映す鏡だなあと最近つくづく思うんですよ自分。

そしてこのワインは文句なし、最高にうまい。なんだこりゃ。

というわけでアキコさんのお話を伺いながらそのワインをいただくという贅沢な時間は終わった。素晴らしいひとときだった。

カリフォルニアワインの新たな可能性を切り開く切っ先になりそうな産地・WSC。今後ますます注目が必要になりそう。

そして、涼風シャルドネ、輝ピノ・ノワール、ユーキ・ロゼ ブリュット。すべて一度はお試しいただきたいワインたちだった。