ヒマだしワインのむ。|ワインブログ

年間500種類くらいワインを飲むワインブロガーのブログです。できる限り一次情報を。ワインと造り手に敬意を持って。

【生産者インタビュー】亜硫酸はなぜ入れる? ワインは何本つくれば生活できそう?栽培から発酵、ビジネス的側面までワイン造りの現場から見たワイナリーの1年間を聞いてみた!

ワイン見習いとして北海道のワイナリーで1年半勤務。逆理さんに話をきいた

ワインを飲んでいるとたくさんの疑問が湧いてくる。今まではその疑問をインターネットで調べたり、関連書籍を読み込むことで解消していたのだが、どうにもこうにも現場のプロの意見を聞きたい気持ちが高まって、こんなツイートをしてみた。

したところ、「見習い中の立場でよければ……」と手を挙げてくれたのが、かねてTwitterでつながっていた逆理さん(@WineParadox468)。さっそく日程を調整してもらい、「所要時間は0.5〜1時間程度」と書いておきながらガッツリ2時間ほど話を聞かせていただいた。

f:id:ichibanboshimomojiro:20210824152833j:plain

1997年生まれの逆理さんにお話を聞きました。なお、記事中の写真はすべて逆理さん提供のものです。

逆理さんは1997年生まれ。大学時代に酒屋でアルバイトをしたことをきっかけにワインにハマり、その後ワインサイエンスに傾倒してワインの道を志すと、大学卒業後は北海道のワイナリーに就職して1年半を過ごすと退職。今は来年の大学院進学に向けて引っ越し準備中だという24歳だ。直接会って話を聞かせていただいたのだが頭は切れるし行動力もすごいし最近の若い人ってほんとスゴいですね……。

繰り返しになるが逆理さんはあくまで「見習い中」という立場。「ほかにもっと詳しい方がいると思いますが……」と、ご自身のわかる範囲で私の質問に答えてくれたことを強調しておきたい。ゆえに、以下の内容に間違いがあればそれはすべて私・ヒマワインの聞き間違い、勘違い、理解力不足によるものだ。お手数だが間違いはご指摘いただけるとありがたい。

それではインタビュー、さっそくいってみよう。

 

ワイン生産者の1年間

ヒマ:大学を卒業して北海道のワイナリーに就職。どうやって就職先を探したんですか?

逆理:ホームページに求人が出ていたんです。ただ、ワイナリーはどこも人手不足なので、熱意を持って応募すれば雇ってくれる可能性があるかもしれません。

ヒマ:4月に就職して、入った当初はどんなお仕事を?

逆理:畑作業の時期はワイナリーや産地によってズレがあると思いますが、僕がいたワイナリーでは4月はリリースの時期だったので、工場ではボトリングとラベル貼りです。それと北海道では幼木を植える時期ですね。僕がいたワイナリーは厳しい土地にあって、ブドウの樹の寿命が短かったので、どんどん植えていました。

f:id:ichibanboshimomojiro:20210824153014j:plain

ヒマ:その後は、栽培のお仕事が中心になるわけですか?

逆理:そうですね。4月後半くらいから枝の誘引がはじまり、その後、芽が出てきたら芽かき。垣根に4本張ったワイヤーの上まで出てきたら摘芯です。同時に、ボルドー液などの薬を撒いたりもします。開花して結実したら花かすを落として、かびがつきにくいように除葉して……僕がいたワイナリーではやりませんでしたが、摘粒という作業をする生産者の方もいます。

ヒマ:摘粒というと?

逆理:ブドウの粒が密になっていると、風通しが悪くなって、実の中に雨が入っちゃうとカビがついてしまうんです。なので、規模にもよりますが、一人で2ヘクタールくらいの畑をリュットリゾネ(減農薬)でやっている人とかはそうやってるって聞きます。

ヒマ:2ヘクタール分のブドウの粒を一粒単位で取り除くわけですか……すごすぎますね。そんなこんなで育てあげたら次は収穫ですよね。だいたい1日にどれくらいの量のブドウを収穫するんですか?

f:id:ichibanboshimomojiro:20210824153056j:plain

逆理:僕がいたワイナリーでは、畑が20ヘクタールあるうち、6〜8人くらいで手摘みして1日2トンくらい収穫していました。

ヒマ:2トン! 全然イメージできないけどかなりの量に感じます。それって大体どれくらいの広さからとれる量なんですか?

逆理:垣根仕立ての場合、1ヘクタールから7〜8トン収穫する品質がビジネスレベルって言われてます。8トン以上とるとフェノール類が少なくなってしまうんです。ワインの価格を2000円くらいで出そうと思ったら10トンとか12トンとかとるんだと思いますが、余市だと1ヘクタールあたり5トンとかの人もいます。これは価格に直接影響するところです。

 

ブドウからワインへ。醸造所でやっていること。

ヒマ:畑の大きさは決まってて、そこからとれるブドウの量はほぼイコール原材料費そのものですもんね。なるほど、収量が価格に大きく影響するのか。ともかく、収穫したブドウでワインを造っていく。

逆理:そうですね。ブドウを入れたカゴをコンベアに載せて除梗破砕機に入れます。白の場合はプレスして、赤の場合は果実ごとタンクの中に入れます。

ヒマ:その後は酵母を添加して発酵を促すわけですよね?

逆理:その前に、ブドウの砂埃とかを沈殿させてから、上澄みだけを別のタンクに移す作業があります。これもオリなんですけど、めっちゃ汚いんです。土臭いし、“悪さ”をする微生物もたくさんいると思います。

f:id:ichibanboshimomojiro:20210824153116j:plain

ヒマ:やっぱり目に見えない微生物との戦いみたいなところがあるわけですか、ワイン造りって。

逆理:そうですね、発酵前に酢酸菌が暴れたりすると酢酸臭がしたりとか。ただ、アルコールが生成されるとアルコール耐性のない微生物は大半が死ぬので、10%くらいまでアルコール度数をあげちゃえば大半が死にます。添加酵母はアルコール耐性がめっちゃ強くて、最後まで均一にアルコール発酵をしてくれるんですよ。

ヒマ:天然酵母を使う場合はどうなんですか?

逆理:天然酵母の場合、5%まではこの酵母、8%までは別の酵母っていうふうに酵母がリレーをするみたいですね。だから複雑な味になるんですけど、なにが起こるかわからないので、クリーンな味にするには酵母を添加したほうがやりやすいと思います。

ヒマ:発酵っていうのは、基本的に「待ち」の作業なんですか?

逆理:自然発酵の場合、床暖房で温めたり、かきまぜて酸素を供給したりして微生物自体の活動を促します。発酵途中のタンクから液体を抜いて足してあげたりとか。「放置」じゃなくて「コントロールするイメージです。自然派の人のなかには放置する人もいるかもですけど。北海道の場合、寒いので培養酵母を使っても温める必要はあります。温度上がりすぎると発酵熱で酵母が死んじゃったりもするのでやっぱりコントロールですね。

ヒマ:自分が発酵した熱で死んじゃうって……困った子ですね、酵母は(笑)。

逆理:だからこそ、ステンレスタンクの場合、内側と外側の薄い膜に冷却水を流したりします。コンクリートタンクだとそれができないので、自然発酵に適しています。温度のコントロールが難しい分、急激に液温が上下しにくいですから。

ヒマ:ほえー、それは初耳です。発酵は酵母が糖をアルコールに全部変えるまで続くわけですよね。たとえばアルコール度数12.5%のワインを造りたい! と思った場合、どうやってコントロールするんですか?

himawine.hatenablog.com

逆理:理論上は、アルコール度数はブドウの糖度の0.51倍、経験的には0.55〜0.59倍くらいになります。同じ畑のブドウでも糖度24.5度のものもあれば、21度のものも出てきちゃいますが、その平均値が果汁の糖度なんです。この糖度測定は発酵中も毎日やります。糖度がどんどん下がって、アルコール度数が上がっていって、最終的に糖度はほぼゼロになります。あまり狙って12.5度にするとかはないかと思うんですが、足りなければ補糖するとか、アルコール度数が高すぎるようなら亜硫酸を添加して発酵を止めちゃうとかですかね。

ヒマ:補糖っていうのはわりと普通にやることなんですか?

逆理:品種や栽培場所、収量によってだと思います。冷涼な北海道で補糖をしていなくても、アルコール度数12%以上のワインはありますからね。ただ、品種によっては補糖をしないとアルコール度数が10%に満たないとか、そういうこともあると思います。

ヒマ:補酸っていうのは?

逆理:補酸をするにはいろいろ理由があるんです。pH3に近いほど、つまり酸性度が強いほど微生物が活動しにくくなります。つまり微生物的に安定するんです。そして、ワインに引き締まった印象を与えもします。ただ、北海道では基本的にしないですよ。

himawine.hatenablog.com

ヒマ:うーん、なるほど。話を戻して、アルコール発酵が終わったら、次は?

逆理:マロラクティック発酵です。アルコール発酵終了後に、アルコール耐性のある乳酸菌がリンゴ酸を乳酸に変えるんですが、これは「やる」「やらない」「樽に移してからやる」の三択です。

ヒマ:これは、どういうきっかけで発酵がはじまるんですか?

逆理:乳酸菌って醸造所のなかにはほぼいるんで勝手にはじまりますが、コントロールするのであれば、乳酸菌スターターを添加します。乳酸は代謝できる微生物が少ないので、微生物的に安定するんです。

ヒマ:ほええ、なるほど。味わいだけじゃなくて、品質管理的な側面もあるわけなんですね。そして、いよいよ樽に移すと。

逆理:そうですね、樽の香りや酸化を見ながら出荷の日まで樽熟成させるか、樽に入れないならタンクに窒素やアルゴンガスを入れて春まで寝かせます。

 

「最低限の亜硫酸添加」の“最低限”ってどれくらい?

ヒマ:嫌気的環境で酸化を防ぐってやつですね。本で読んだやつ! 出荷前にはどんな作業がありますか?

逆理:瓶詰め前は濾過と清澄です。清澄っていうのはオリを沈殿させて上澄みだけをとる作業で、オリを沈ませる清澄剤っってのもあります。オリがあるとフィルターでつまりますからね。

ヒマ:卵白とかを使うっていう。そして、フィルターをかけていく。

逆理:濾過っていうのは1ミクロン(1ミリメートルの1000分の1)以下のフィルターを使う作業です。1ミクロン以下だと、ゴミとかだけじゃなくて、酵母とか微生物も除去できて、理論上、0.45ミクロンだとほぼすべての微生物が除去できます。フィルターの好みは人によって、無濾過無清澄の人もいれば1ミクロンを使う人もいます。味にダイレクトに影響しますからね。「0.45」はキレイだけど味の成分も持っていかれるし、舌触りも変わってきます。

ヒマ:めっちゃ重要ですね、濾過。

逆理:です。濾過が済んだら瓶詰め前に亜硫酸を入れて、ボトリングです。

ヒマ:よく、ワインの説明に「ボトリング時に最低限の亜硫酸を添加」って書いてあるじゃないですか。あの「最低限の亜硫酸」ってなんですか?

逆理:具体的な数値を一般化するのは難しいと思います。ブドウやワインの状態を見ながら、熟成期間や静菌効果を考慮して添加するので……。亜硫酸はたくさん入れると香りがすごく閉じますし、亜硫酸の匂いがツンとくる。亜硫酸はアントシアニンと結合して脱色してしまうので、色も薄くなります。ブドウが持っているポテンシャルを発揮するために必要な量、ワインの色調や味わいを大きく変えない量が「最低限」だと思うので、人によって違うと思います。

 

逆理さんの今後の目標

ヒマ:いや〜、ワイン造りの解像度がだいぶ上がりました! 最後に、逆理さんの将来の目標を教えていただけますか?

逆理:来年から山梨の大学の大学院でポリフェノールなどの研究を2年する予定です。その後、オーストリアに1年ワーホリに行き、ツヴァイゲルトとホイリゲを勉強をしようと思っていて、それが終わったらまた北海道に戻ってワイン造りをしたいと思っています。

ヒマ:行動力がすごすぎますね……。理論と実学両方学ぶわけですね。北海道ではどれくらいの規模のワイン造りをやるイメージですか?

逆理:ほかのワイナリーさんを見ていていいなと思うのは、夫婦で3ヘクタールくらいの畑をやって、年間1万5000本くらいつくるイメージですかね……。

ヒマ:それはどういう計算ですか?

逆理:1ヘクタールあたり5トン収穫するとして、ブドウの重さのだいたい0.75倍の液体になると言われているので、大体1万5000本。

ヒマ:1本3000円として年商4500万円というイメージですね。ちなみに、やりたい品種はありますか?

逆理:ツヴァイゲルトと旅路をやりたいんです。

ヒマ:渋い……! その理由は?

逆理:ツヴァイゲルトレーベはまず形がかわいいんですよ。見た目は意外とゴツいんですけど、果汁にすると土臭い。その土臭さに田舎娘感があってかわいいんです(笑)。それに栽培が面白いんです。灰カビ病がつきやすくて、手入れしてあげないとすぐ死んじゃう。そこがまたかわいい(笑)。

ヒマ:ツヴァイゲルトをやりたい理由は「かわいいから」なんですね(笑)。

f:id:ichibanboshimomojiro:20210824153714j:plain

ツヴァイゲルトレーヴェのwikipediaより。

逆理:ワインにしたときの魅力ももちろんありますしね。収量制限すると味が凝縮するんですが、他のブドウと比べても果実味、酸味、渋みのバランスが大切な品種で、それが楽しいんです。旅路に関しては、いろんな醸造のやり方ができると思っているんです。本気でやっている人があまり多くないからこそ、本気でやってみたい品種です。

ヒマ:たしかに、特徴的な品種に特化した生産者には消費者として魅力を感じます。ちなみに自然派的につくりますか?

逆理:栽培においてはオーガニックはやってみたいですが、現実的なのは減薬農法。ただ、自分自身は化学よりの人間ですが、ワーホリにいく予定のオーストリアビオディナミ発祥の地なので、洗脳されて帰ってくるかもしれません(笑)。

ヒマ:すべてが順調に行けば逆理さんのワインが飲めるのは最速で6〜7年後ですかね。その日がすごく楽しみです!

というわけで、「ワイン生産者見習い」とは思えない知識を持つ逆理さんのお話は大変興味深く、面白かったのだった。今から何年後か、そう遠くない未来に、今よりさらにパワーアップした逆理さんのワインを飲む日が、今からとても楽しみなのだった。逆理さん、ありがとうございました!

 

逆理さんがお勧めしてくれたツヴァイ。飲んでみます。