アキコ・フリーマンさんとの再会
アキコ・フリーマンさんは、米国留学時に夫であるケンさんと運命的に出会い、現在はカリフォルニアでワインメーカーとして大活躍している女性だ。
ウエスト・ソノマ・コーストという冷涼な地域の気候をうまく活かしたそのワインはバラク・オバマ大統領と安倍晋三首相の公式晩餐会でも使われている。すごい人なのだ。
このアキコさん、最近なんと叙勲までされている(令和5年度農事功労者として緑白綬有功章を授与)。勲章ですよ勲章。米国在住のため現地領事館で受け取ったらしいのだが、もし日本にいたら秋篠宮から勲章を授与されるとかそういうレベルだったのだそうだ。小学校時代「歯が丈夫だ」という理由で表彰されて以来表彰された記憶がない私には想像もつかない世界である。
ともかく、そんなすごいアキコさんと昨年知遇を得、ワインは素晴らしいしお話は面白いしお人柄は最高に魅力的だしですっかりファンになってしまったのだった。
そのときの話がこちら↓
それから1年弱。ふたたび来日されたアキコさんにまた会える機会をいただいたのでお前は忠犬かなにかか、という勢いで馳せ参じてきたのでレポートしたい。
フリーマン ユーキエステート ロゼ ブリュット 2021
さて、この日の会食のテーマは近況報告と、新しいワインのお披露目。マンダリンオリエンタル37階の中華料理「センス」を会場に、5名という少人数での会となった。お招きいただき光栄にもほどがある。
乾杯は昨年2020ヴィンテージをいただいたフリーマン ユーキエステート ロゼ ブリュットの2021ヴィンテージだ。
ユーキエステート ロゼ ブリュット2020は、カリフォルニアで発生した大規模な山火事の影響で生まれたキュヴェ。虎の子のブドウが煙に巻かれるのは必定という状況でやむをえず早摘みし、仕方なくロゼ泡として仕込んだというエピソードがある。
ところが瓢箪から駒とはまさにこのこと、造ってみたらこれが好評。アキコさんいわく火事もなく「平和な年」だった2021年も引き続き造ることになった。今目の前に置かれているのが、その2021ヴィンテージだ。
最初私は、「2020ヴィンテージの熟成が1年進んだものかな?」と感じた。味わいにまとまりがあり、液体のエッジに丸みがあり、それでいて中心に味わいの核のようなものがある。親しみやすいが複雑で、果実と酸が背中合わせに同居している。
なんでも20ヴィンテージでは、醸造の過程でワインから色がなくなってしまい(酒石に色がくっついて、落ちてしまったそうだ)、スティルのピノ・ノワールを足しているのだそう。その反省から21ヴィンテージは絞ってすぐにジュースをとらず3時間くらいプレス機のなかに置いておき、色味を出している。
余談だが、アキコさんいわくシャンパーニュの造り手のなかには「玉ねぎの皮色が一番美しい」という人もいるのだそうだ。玉ねぎの皮色ってとてもいい表現だと思うが、アキコさんが求めているのはオレンジ感がない桜の花のような薄いピンク。
二次発酵時の砂糖添加は、アキコさん自らお菓子作りのときに使うステンレスの「ふるい(握ると砂糖が落ちるやつ)」を使い、手作業でシャカシャカとふるって入れるのだという。東京の高級ホテルでお会いするエレガントモードのアキコさんが現地ではタンクの上でシャカシャカ砂糖をふるっているの、想像できないようでなぜかできるから不思議だ。
こういうのかな…?
2020と2021の造りの違いをヒアリングしたなかでまとめると以下のようになると思う。
【2020】
・シャルドネの熟成に使った樽を使用
・山火事の煙が来ていたのでBrix16.5で収穫
・絞ってすぐにジュースに
・赤ワインで色味調整
【2021】
・ピノ・ノワールの熟成に使った樽を使用
・余裕を持ってBrix17で収穫
・絞って3時間醸し
・色味調整なし
ざっとこのような違いがもたらした味の違い、個人的にとても興味深かった。
現行VTは2020↓
フリーマン 光風(KO-FU)リースリング 2022
続く2杯目だが、なんと本邦未公開・アメリカでも発売前のキュヴェを飲ませていただくことができた。それが「光風(KO-FU) リースリング 2022」。
Weblio辞書によれば、光風とは「晴れあがった春の日にさわやかに吹く風。また、雨あがりに、草木の間を吹き渡る風。」とある。ウエストソノマコーストは風が強く吹く場所。その土地の木々の間を吹く風をイメージし、そう名づけられたのだそうだ。
ちなみに、オバマ大統領と安倍首相の晩餐会で供されたのは「涼風(RYO-FU) シャルドネ」。涼風は日本の四季を72に分けた「七十二候」の37番目「涼風至(すずかぜいたる)」から名付けたのだそうだ。アキコさん、造るワインはエレガントだがセンスはみやびで風流だ。
このワインは「ロス・コブさんの畑からもらったブドウ」なのだそう。コブといえばフリーマンと同じウエストソノマコーストを代表する生産者の一人で、造るワインは極エレガント。めちゃくちゃうまい。その自社畑・アビゲルはフリーマンの「お向かいの畑」なのだそう。
このワインには誕生秘話がある。アキコさんはスパイシーなものが好きで、フリーマン家の食卓にはナンプラーやチリペッパーを使ったエスニック料理がよく並ぶのだそう。ところがこれが自社醸造のピノ・ノワールに合わない。しかたなく、アルザスなどのリースリングを買って飲んでいた。
そして、アキコさんが出張で留守をしている間に事件は起こる。夫・ケンさんがロス・コブさんと話をつけ、リースリングを1トン分けてもらうことを決めてしまったのだ。
話の行間から察するに、おそらくこれ、ケンさんからアキコさんへのプレゼントみたいな意味合いなんだと思われる。アキコさんの好きなエスニックに合うワインになるブドウを、夫が妻に送った構図だ。造るのはアキコさんだが……!
妻が飲みたいといったから、プレゼントはリースリング(1トン)。聞けば「ハッピーワイフ、ハッピーライフ」が夫・ケンさんの口癖なのだそうだ。妻の夫であるみなさん、友よ、心のメモ帳に彫刻刀で刻んでおいてくださいね。
ステンレス発酵ではなくシャルドネを熟成させていた60ガロン(225リットル)の樽を使用して発酵・熟成を行うことで過度に還元的にならないようしているという薄い金色の液体からはレモンのような蜜のような華やかな香りが漂い、石油的な香りことペトロール香はほとんどゼロ。
ペトロールは「ありかなきか」のところを狙ったのだそうで、リースリングは好きだけど、「石油を飲んでみるみたいな気分になる」リースリングはちょっとね、というアキコさん好みの香りのようだ。
そして飲むと酸がピシーッとシャープな厳格な造り。突然ポエムを繰り出すと、冬の朝、天窓から差し込む光に照らされながら石造りの床に跪いて祈りを捧げる修道士、みたいなイメージが湧く。冷たく、真摯で、どこか人間味に溢れている。
アキコさんは「酸フェチ」なのだそうで、地元のリースリング仲間(がいるらしい)からは「そうそうこれこれ!」的な歓迎のされ方をしているという。酸フェチのみなさん、まもなくアメリカから嗜好にブッ刺さるリースリングがやってきますよ…!
フリーマン アキコズ・キュヴェ ウエストソノマコースト 2021
さて、いよいよ最後のキュヴェが登場している。「アキコズ・キュヴェ ウエストソノマコースト 2021」で、これがちょっと圧巻のピノ・ノワールだった。
フリーマンでは、1回の収穫で200樽分くらいのピノ・ノワールができる。それらを全部試飲して、まず15樽を選抜。
その15樽のワインを用い、アキコさん、ケンさん、アキコさんの師匠であるエド・カーツマンさん、そしてワイナリーのスタッフらがそれぞれ独自にブレンドを行い、ブラインドで飲み比べ、一等賞に選ばれたワインに、ブレンダーの名が冠される。
「どういうわけか、いつも私が選ばれるんです」とアキコさん。ケンさんが勝てば「ケンズ・スペシャル」、エドさんが勝てば「エッズ・オーサム」という名前になるらしいのだがブラインドが示す答えは毎年「アキコズ・キュヴェ」なのだそうだ。アキコさん、シンプルに味覚がすごい。
ではアキコさんはどのようにブレンドを行なっているのだろうか? それは「口のなかの(味を感じる)すべてのスポットをヒットするように造る」ということなのだそうだ。味蕾というのだろうか、口中には様々な味を知覚するためのセンサが内蔵されている。それらすべてをフルに使えるような味設計をアキコさんは行なっている。
「香りがいいこと、スパイス感があること、いい感じのミントパレットがあって、フィニッシュがいいもの」とアキコさんは表現しておられたような味筋。結果、顧客から「パーティインザマウス」と形容される味わいが実現する。パーティインザマウスはいい表現。
樽と区画の組み合わせ
ポイントは、樽と区画の組み合わせだ。ブドウを畑の区画ごとに収穫し、区画ごとに醸造するのだが、その際、フランスの5社から入れているという樽を、区画ごとのクローンの個性に合わせて選ぶことで、200樽のワインはそれぞれまったく異なる個性を持つことになる。
つまり、「この区画のブドウはあそこの森の木を36ヶ月エイジングさせて、あれくらい焼いた樽に合う」といった情報がアキコさんの脳内には格納されている。アキコさん自身何度もフランスの樽メーカーを訪ね、樽が生まれる森に踏み入ることでできる業。樽メーカーの当主も毎年フリーマンに来てはテイスティングを行い、さらなる改善案を提案してくれるのだという。
ワイナリーで試飲をして「この樽だけでボトリングして!」とリクエストするお客さんに対し、アキコさんは「樽ごとお売りしますよ(ニッコリ)」と返されるそうだ。これは、広義の「売り物ではない」の意だと思う。アキコさんにとって樽に詰められたワインは「原材料」に近いんじゃないのかなと思ったりした。
このワインは香りも素晴らしい。野いちごのようなハーブっぽさを伴う果実、森にそびえる老木、適温で煮出された紅茶、半生タイプのドライフラワーといった、非常に多様で、多面的な香り。光が差し込む角度によって異なる色彩を出力するプリズムのような液体だ。
果実・酸・渋のどれもが突出しないバランス型で、非常にやわらかい。口の中にある味覚センサーフル稼働、脳が喜ぶ味わい。おいしいなあ。
2019はソノマコーストAVA↓
会食を終えて
フリーマンではいま、新たなワインメーカーを育成中(という言い方でいいのだろうか)。来年はその方も一緒に来日されるそうで、フリーマンの味の作り方の伝授を終えたあとは、アキコさんはディレクター・オブ・ワイン的な立ち位置に変わられるとのこと。この方の話もめっちゃ面白かったのだが、それはまた別の機会に。
というわけで尊敬するアキコさんにまた会えて、素晴らしいワインをテイスティングさせていただき、忘れちゃいけない料理も極めて非常に素晴らしく、身に余る贅沢な時間を過ごさせていただいたのだった。お招きいただきありがとうございました。
フリーマンヴィンヤード&ワイナリー、いつか必ず訪問したい…!