ボスアグリワイナリーに向かうことにした
北海道のオホーツク地方に用事があったので行った。
オホーツクはいつ来てもいいところで、少し時間があったので最近できたというワイナリーを訪ねることにした。それが、北海道北見市にあるボスアグリワイナリーだ。北海道北見市はカーリング女子日本代表に選ばれたロコ・ソラーレの本拠地があったりサロマ湖があったりする自治体だ。名物はたまねぎ。北緯43度は私の推し自治体である余市町と同じだ。
ボスアグリワイナリーは2021年の今にあって公式サイトが存在しないというマボロシ感強めのワイナリー。公式の情報がないため見学ができるかどうかも不明だが、どうやら敷地内にはショップが併設されているようなので、ドライブがてら行ってみることとした。北海道の大地に広がるブドウ畑だけでも見たい。
ボスアグリワイナリーの歴史
レンタカーでワイナリーの敷地に入っていくと、そこは山の中腹を切り開いたような土地で、左手には山の斜面に畑が広がり、右手にはなだらかな丘が広がるロケーションにブドウ畑が広がっている。見晴らしが良く、すごく気持ちいい場所だ。
とくに駐車場といった場所もないようなのでショップらしい小さなログハウスの近くに車を停めると、タイミング良く畑のすぐそばの母屋と思しき建物からワイナリーオーナーの奥様と思しき女性が現れた。
奥様は農作業に向かう途中だったようで、客が来たら営業開始、というスタイルのようだ。
ショップのなかでお話をうかがってみると、もともとはご夫婦で畜産農家を営まれていたのだそうだ。「60歳を過ぎたら引退して、旅行でも行こうなんて言っていたんですよ」と奥様。ご主人が一念発起してブドウ畑を切り拓いたことで図らずもブドウの世話をしたり、私のようなノーアポで訪れる客の応対まですることとなったにもかかわらず、奥様自身もとてもイキイキして見えたのだった。いいなあ。
こんな生き方もあるんだなあ。なんだか感動しながらワインを2本購入。お店を出ると、折よくご主人がトラクター的な乗り物に乗って颯爽と登場してくれた。
ボスアグリワイナリーのワイン造り
ご主人によれば、ここにはワイナリー(醸造設備)はもともとなく、ヴィンヤード(ブドウ畑)のみがあったのだそうだ。ワイナリーができたのは2020年のこと。年表にすれば以下のようになる。
2014 ボスアグリヴィンヤード開場
2017、2018 ベリーベリーファーム&ワイナリー(仁木町)で委託醸造
2019 インフィールドワイナリー (ボスアグリワイナリー のお隣)で委託醸造
2020 ボスアグリワイナリー開場
なんでも、2017年、2018年は収穫したブドウをトラックに乗せ、ご主人がハンドルを握って北見から仁木までブドウを運んでいたのだそうだ。Googleで調べたところ、北見-仁木間の距離はおよそ362キロ。大体東京-仙台くらいの距離だ。半端ない。
できたばかりだというワイナリーの中も見せていただけることになった。
ワイナリーを巡る話を調べると、よく出てくるのが酒造免許の問題だ。免許を取得するには最低6トン醸造しなければならず、それが高いハードルになる。なのだが、北見市が「2トン特区」と呼ばれる2トンの醸造で酒造免許が取得できる特区となったことで、ワイナリーの開場が可能となったようだ。
「だいたい6500キロくらいのブドウを収穫して、搾汁すると3700キロくらいになります。澱なんかを除いて、製品になるのが3300キロくらいかな。ハーフもあるけど、本数でいうと5600本くらい」(ご主人)
この5600本は、北海道のコンビニ大手のセイコーマートや一部スーパーなどにも流通し、ほぼ地元で消費される。オンライン販売もしておらず、つまり東京の人間が飲もうと思ったら北海道に来るしかないことがわかった。まさにマボロシのワインだ。
ボスアグリワイナリーと「清舞」「清見」「山幸」
この地でワインをつくる苦労なども聞いてみた。流氷の町・網走は隣町。最大の敵は言うまでもなく寒さだ。
「やっぱり、木を育てるのが難しいですよ。寒いからね。ピノ・ノワールなんかも植えてるけど、4、5年で枯れちゃう。山幸や清舞は剪定だけしてあとはそのままでも越冬できるけど、清見は越冬できないから冬の間は土に埋めたりね」
これは別の北海道の農家の方から聞いた話だが、北海道では気候変動の影響で、ブドウに限らず栽培可能な品種の北限が100キロ北にズレているのだそうだ。それでもなお、オホーツクの寒さはワイン用ブドウには厳しい。がゆえに、ワイナリーの主要品種として「山幸」「清舞」「清見」といった聞き慣れないブドウが選ばれている。
山幸は2020年末に国際ブドウ・ワイン機構に甲州、マスカット・ベーリーAに次いで国際品種として認められた3番目の固有品種だが、その元となったのが清見で、開発したのは北海道池田町の十勝ワイン。
セイベル13053というブドウをベースに、突然変異によって生まれたのが「清見」なのだが、前述したように土に埋めるなどしないと越冬できない。そこで、耐寒性のあるヤマブドウと交配させ、生まれたのが「清舞」と「山幸」だ。
十勝ワインの公式サイトによれば、清舞は清見ゆずりの薄めの色合いに強い酸味で軽快な味わい、山幸は色が濃く、「渋みや味わいの深みは父親であるヤマブドウを超える可能性すら感じられ」るとある。東京のショップでも山幸のワインをちょこちょこ見かけますよね。私も試飲したことがある。
ボスアグリワイナリーでは、この山幸と清舞を使ったワイン、桜夢雫(さくらゆめしずく)がフラッグシップ。「ブレンド具合で味が違うのが面白いんですよ。1+1が2じゃないんだね」とご主人。醸造においては、余市でワイン造りの修行をした方などに指導を仰ぎつつ、工夫の日々を過ごしているようだ。
ボスアグリワイナリー訪問を終えて
この地で長く畜産を営んできただけに、ご主人の「農」への見識の深さは会話の端々から伺える。もちろん牛とブドウではto doは大違いだろうが、いかに農産物の品質を高めるか、その一点に腐心するという点では共通点は大いにあるに違いない。
「ウチは自然派じゃないから酵母は乾燥酵母。亜硫酸も少しだけど添加します。でもフィルターはかけない。フィルターはかけるとワインがピカピカになるけど、うまみも抜けちゃうから。荒いやつで1回くらい」とワイン造りを語るご主人の表情は、「ワイン造り、儲からないですよ(笑)」といった言葉とは裏腹に、奥様の言う通り心から楽しそうに見える。
素敵な生き方だ。都会の気ぜわしい暮らしに疲れた人間にとって、ここはまるで桃源郷のように見える。
ちなみに、「今後、増産の予定は?」と聞くと「ない!(笑)」とのことだった。公式サイトもない。インスタもない。オンラインショップもない。なにもない。なのになんだろう、この豊かさは。
みなさんも、オホーツク地方を旅することがあったら、ぜひボスアグリワイナリーを訪ねてみていただきたい。優しくて親切なご夫婦が、きっと笑顔で迎えてくれるはずだ。