ソムリエ・田邉公一氏おすすめのU3000円ピノ・ノワール
ソムリエでワインディレクターの田邉公一氏が、自身のツイッターで当該ツイートをリツイートした全員にワインをオススメする、という凄まじい企画を実施されていた。
2020年11月18日時点で300件をゆうに超えるリツイートがされており、現在は田邉氏が宣言通りひとりひとりに丁寧におすすめワインとその理由を説明している様子がタイムライン上で確認できるという状況(応募は締め切り済)。
新規ファンを獲得し、ファンのロイヤルティを高める超絶効果的なブランディング手法だと感嘆しつつ、私もちゃっかり応募させていただいたところ、比較的早めに応募したこともあり、ご回答をいただくことができた。これすっごくうれしいですね。
田邉氏がワインを選ぶ手がかりとされているのが、Twitterのプロフィール欄、そしてヘッダ画像だ。たとえばヘッダ画像に花の写真が使われていれば、フローラルな香りのワイン、プロフィール欄に好きな国や場所が書かれていればそこのワインと言ったようなイメージ(もちろん実際はもっと複雑なアルゴリズムで提案をされていると思う。あくまで概略として)。
ちなみに、現時点での私のTwitterのプロフィールはこのような感じ。
なんていうんですかね。そのままっていうか、サービス問題っていうか、「3000円以下のおすすめピノ・ノワールを教えてください」ってほぼそのまま書いてあることもあり、3000円以下のおすすめピノ・ノワールを教えてくださった。それが、ジョセフ・クローミーの「ペピック」だ。もちろん即購入し、今日開栓とあいなった。
生産者ジョセフ・クローミーの人生がすごい
さて、ジョセフ・クローミーはオーストラリアはタスマニアの生産者。ジョセフ・クローミーはそのオーナーの名前で、その人生は一言でいって半端ない。ジョセフが生まれたのは1930年。彼が生まれたチェコスロバキアは戦中はナチスドイツ、戦後はソビエトの占領下にあった。「ここにいては未来がない」そう考えた19歳のジョセフは、1950年、荒廃したチェコの村から、二人の仲間とともに地雷原・犬・兵士に守られた国境を越えて国外に脱出することを計画する。
苦難の日々の末オーストラリアに移住。そこで肉屋として働き、ついには自分の会社ブルーリボン・ミート・プロダクツをタスマニアを代表するブランドにまで育て上げると、1993年オーストラリア証券取引所に上場。タスマニアを代表する財界人となったジョセフは2007年、76歳にしてジョセフ・クローミー・ワインズを立ち上げると短期間で大成功を収めたというストーリーだ。
まるで90年代初頭に大ヒットして2013年に映画にもなった小説『悪童日記』の世界。ジョセフは脱出に成功し、立身出世を遂げた。しかし、ともに脱出を図った二人の仲間は失敗。一人は脚を撃たれ、一人は音信不通になったそうだ。もしそのときジョセフもつかまっていたら、いま私の目の前にあるボトルは存在していないかもしれない。歴史を学ぶことの面白さが、ワインのボトルのカタチをして目の前にあるといった気分だ。まさか田邉さん、歴史好き、調査好きである私のプロフィールを考慮してこのワインを……!?(考えすぎだが田邉氏のスキルならあり得ない話ではないと思えるからスゴい)
そんなわけで、生産者としてのジョセフ・クローミーは、南アフリカのグラハム・ベックとか、チリのエラスリスとかパターンの、実業家が本業で大成功、その資本とノウハウをワインビジネスに持ちこんでこれまた大成功というずっと俺のターンパターン。元は難民だったわけだから、人生のレバレッジの利かせ方でいえばジョセフがNO.1かもしれない。
1930年生まれのジョセフは御年90歳。南アフリカの「グレネリー」を78歳で立ち上げて95歳の今も存命のマダム・メイもすごいが、90歳になった今も年イチペースで映画を撮ってるクリント・イーストウッドみたいなすごい人たちがワイン界にもいる。今の時代70歳くらいじゃまだ若手なんじゃないかってレベルだなあ。
ジョセフ・クローミー「ペピック ピノ・ノワール」はどんなワインか?
さて、ペピックはそんなジョセフ・クローミー社の廉価レンジ。毎日の乾杯と食事に合わせて気軽に開けてねというワインで、手に取ってみると本当に物理的に軽い。重さをはかってみたが、わずか1116グラムだ。750mlのワインが入ってこの重さだから、ボトル自体は相当軽量ということでボトルが軽いと輸送時の炭素排出量が減らせる。長期保存するものでないならば、私は缶でも紙パックでもビニール袋でも、ワインを入れる容器はなんでもいいというか環境にいいものを選ぶべきだと考える派なので、これはナイスだ。サスティナブルであることは生産者を応援する理由になる。
ワインはジョセフ・クローミーの本拠地であるタスマニアの北部、タマラバレーで収穫されたピノ・ノワールを100%使い、オープントップの発酵槽で発酵、圧搾後、フレンチオークの古いバリックとステンレススティールのタンクでマロラクティック発酵を行うそうな。その味わいやいかにとスクリーキャップをくるくる回し、グラスに注いで飲んでみた。
ジョセフ・クローミー「ペピック ピノ・ノワール」を飲んでみた
で、これがすごかった。光に透かしたルビーのような薄めの赤色、グラスから匂い立つ香り、そして味のすべてが「おいしい新世界の2000円台ピノ・ノワール!」って感じではなくて、「2000円台で買える超コスパブルゴーニュ」みたいな感じ。いやお前ブルゴーニュのなにを知ってるんだと問われたら泣きながら帰宅するしかないんだけれどもとにかくそう感じてしまったものは仕方がない。
なによりすごいのは、私が「3000円以下のピノ・ノワールを探してる」ってプロフィールに書いてある意図は、「ブルゴーニュは高いから、ブルゴーニュっぽい安くておいしいやつを探してる」の意、なのだがそれに対しての満点解答感がすごい。おそるべし田邉氏。私は田邉氏のことをフォローさせていただいているが面識はない。それでいて、鼻先に「王手!」とビシッと歩を張られて一発で詰まされたような感覚がある。いやはや、プロってすごい。
「ペピック」の意味は?
最後にワインの名前の由来について。「ペピック」とは、チェコでお母さんが「ヨセフ」という名前の子どもを呼ぶときに使うニックネームなのだそうだ。ジョセフのチェコ読みはおそらくヨセフなので、つまりこれはジョセフ・クローミー90歳が幼き日に母に呼ばれた名前ということになる。公式サイトにはジョセフのお母さんの情報はないが、19歳で単身国を出たジョセフは、その後の人生で彼をペピックと呼ぶ人と再会することができたのだろうか。
浦沢直樹のど名作漫画『マスターキートン』に「貴婦人との旅」という一編がある。主人公が列車で出会った一人の老婦人は、実はドイツの分裂によって夫と息子と引き裂かれ、祖国をなくして流浪の旅を続ける東ドイツの元貴族の奥方だった、という話。チェコ人だと名乗るその経歴も身の上もすべてが嘘なのだが、故郷であるザクセン民謡を歌いながら流した涙だけは真実であった、と書いてるだけでも心震える名作なんだけれども私が思い出したのはこの話だ(長い)。
誰か故郷を思わざる。
もちろん本当の意図はわからないが、ペピックという名前には、実業家ジョセフ・クローミーの故郷への思いが込められているのは間違いがないと思う。ペピックはふるさとの味がするワイン。私のふるさとはチェコではなくて千葉だけれども。この原稿を書き終わったら、実家の母に電話してみよう。私の名前はヨセフではないけれども。田邉さん、素晴らしいワインと、故郷に思いを馳せる時間をありがとうございました。
3000円以下のおいしいピノ・ノワール、まさに!