奈良ワイン会in東京に参加した
「奈良ワイン会in東京」というイベントに参加してきた。主催はボルドーのネゴシアン、DBR LAfiteの公式日本アンバサダーで、ワイン講師も務めるえいじさん。
普段は地元の奈良で開催されているワイン会が、東京で初開催されるとあって、以前からえいじさんにお会いしたかったこともあり、即座に申し込んで当日を楽しみにしていた。
奈良ワイン会in東京のコンセプト
この日用意されたワインは10種類。乾杯のシャンパーニュ・ドラピエを除いては、すべてボルドーワインだ。しかし、「パリやニューヨークなどのレストランの現場では、少しずつボルドーワインがリストから少なくなっています」とえいじさん。
重厚なボルドーではなく、もっと軽いものを求める消費者の心理の変化や、そもそもの選択肢自体の増加など様々な要因がその背景にはあると思うが、だからこそ「ボルドーの幅広さを知ってもらいたい」という趣旨でこの日のイベントを企画されたのだそうだ。
会場は東京・広尾のレストランオカダ。シェフの岡田宏さんはワインが好きで、2年間フランスのワイナリーに住み込んでワイン造りに従事した経験もあるという方。えいじさんと相談し、食材とソース、ワインが一体となるようなメニューを考えてくれたのだそうだ。なにそれ楽しみ。
乾杯は前述のようにドラピエのカルト・ドール。えいじさんいわく、「ボルドーでも乾杯はやっぱりシャンパーニュ」なのだそうだ。世界中どこだって、乾杯っつったらシャンパーニュなのだ。
ピノ・ノワール主体で厚みのある果実と酸をたっぷり感じるスタイル。ふくらみと親しみのある味わいは乾杯専用機感まである。ドラピエはいつ飲んでもおいしいですね。
フライト1:シャトー・デュ・シャン・デ・トレイユと、クロ・ド・ラ・モレニー・ブラン
さて、ドラピエでワイン会の幕は開いた。目の前には大ぶりなボルドーグラスが2脚。ワインフライト形式というのだろうか、目の前のグラスに2杯ずつ(あるいはスパークリングワインも含めた3杯)が、テーマごとにサーブされていく形式だ。
最初のフライトは赤のシャトー・デュ・シャン・デ・トレイユと白のクロ・ド・ラ・モレニー・ブラン。
どちらもボルドーっぽくないラベルデザインで、どちらもいってしまえば自然派だ。
クロ・ド・ラ・モレニーに至っては思いっきりブルゴーニュボトルを使用するという突き抜け具合。格付けはヴァン・ド・フランスで、これは原産地呼称の規定に縛られずに自由にワイン造りをしたいから、なのだそうだ。
CDTと書かれているのがシャン・デ・トレイユ。「長くシャトー・ポンテ・カネで醸造長を務めたジャン・ミッシェル・コムが2020年から専念している自身のワイナリーです」とえいじさんが説明してくれた。
この2本はいずれも「安ワインの産地」のイメージがあるアントル・ドゥー・メール地区のワインで、実際に白は3000円台、赤は2000円台で買える。
買えるのだが、ちょっとどちらも驚きのおいしさだったのだった。どちらもビオディナミストということもあって自然な造り。とくに赤のほうにはそのニュアンスを感じるものの、樽を使わないで醸造したという味わいは超・ピュア。
メルローを主体にカベルネ・フラン30%、カベルネ・ソーヴィニヨン6%、プティ・ヴェルド4%を加えたボルドーブレンドながら、仮にブラインドで出されたら「南アの自然派サンソーでファイナルアンサー!」とか言い出しかねない感じのピュアで果実を感じられる味わいだった。驚きだしこれは買うべきだし買う。
それ以上におそろしいのが白のソーヴィニヨン・ブランだ。私はこの白にわりと感動していて、ソーヴィニヨン・ブラン観が変わった、とまで思った。
ソーヴィニヨン・ブランといえばグレープフルーツやレモン、草、みたいな感じだが、味と香りの印象が「みかん」なんですよこれ。和柑橘のニュアンス、黄色いくだものの雰囲気がある。
自然派的ネガティブさは皆無で、染み入るような味わい。ハーブオイルをまとった能登産の牡蠣(えいじさんいわく、牡蠣はボルドーの名物なのだそうだ)との相性は抜群を超えてぶっ壊れ。
フライト1からいきなり価値観がぶん殴られる。前略おふくろ様、僕はすごい会に来てしまったかもしれません…!
フライト1.1:シャトー・ペイボノム・レ・トゥール「ラムール・デュ・リスク」
そして、ドラピエのグラスが空になる頃、同じ泡用のグラスに注がれたのがシャトー・ペイボノム・レ・トゥールのラムール・デュ・リスク 。
この生産者もやはりビオディナミ認証を受けた造り手。最初のフライトのテーマは「ボルドーらしくないボルドー」であり、「ビオディナミ」がキーワードだったようだ。
中身はカベルネ・フラン100%のペットナット。味わいはオーストラリアあたりの自然派ペットナット、みたいな感じで、これもボルドーへの認識を新たにする1杯だった。
フライト2:シャトー・マルキ・ダレームと、シャトー・マラルティック・ラグラヴィエール
続いてのフライトは今度は一転、マルゴーの格付け3級シャトー・マルキ・ダレーム2015とシャトー・マラルティック・ラグラヴィエール2016が出た。テーマは「ザ・ボルドー」といった感じか。
マルキ・ダレームは「畑が10数ヘクタールしかなく、あんまり日本では見かけないワインですが、シャトー・マルゴーに隣接した立地。最近(2010年)オーナーが代わってめちゃくちゃおいしくなっています」(えいじさん)というワイン。
セパージュはカベルネ・ソーヴィニヨン63%、メルロー30%、プティ・ヴェルド5%、カベルネ・フラン2%。ダブルデキャンタして最適な状態にしたうえでサーヴしていただいた。
で、これがおいしいですよ当たり前の話かもしれないけれども。同席した安ワイン道場師範が「金持ちの味がする」と身も蓋もないけれどもそれ以上足す言葉も引く言葉もない、みたいな真言を発しておられたが、お金持ちの家の絨毯のようにソフトなタンニン、お金持ちの家の庭になる果物のような果実味がともに豊かに感じられる。つまりお金持ちの味がする。
「シャトー・マルゴーが100点をとっていることからもわかる通り、2015年はボルドーのなかでマルゴーだけが異様にいい年でした」とえいじさん。この年は一部の地域では暑すぎたが、マルゴーは例外的に良い気候だったのだそうだ。こうして解説していただきながら、解像度を高めつつ飲むのは本当に楽しい。
一方のマラルティック・ラグラヴィエールは、シャトー・オー・ブリオンとドメーヌ・ド・シュヴァリエの間に位置するというペサック・レオニャンのシャトー。この2016はカベルネ・ソーヴィニヨン53%、メルロー40%、カベルネ・フラン4%、プティ・ヴェルドを3%使った、マルキ・ダレームと似たセパージュ。ザ・左岸。
この両者の飲み比べも非常に面白かった。セパージュも似ているし、販売価格もだいたいどちらも1万円前後。ワイン単体で飲むなら私は明確にマルキ・ダレームがおいしいと思うが、「エゾ鹿と白レバーのテリーヌ イチジク添え」と一緒に食べるとマラルティック・ラグラヴィエールが化ける。
とくに肉の付け合わせのイチジクが、ワインの中身に唯一足りてないように感じる果実の部分を、テトリスに出てくる長い棒レベルでピタリと埋める感覚がある。
料理と合わせて表情を変えるのもボルドーワインの大きな魅力といったところか。
フライト3 プピーユ アティピックと、ジロラット・ブラン
宴はまだまだ続いていく。続いてのフライトは「えいじさんのお気に入り」がコンセプトの2本。赤のプピーユ アティピック(通称:やべえやつ)と白のジロラット・ブラン。
プピーユ アティピックは「カスティオン・コート・ド・ボルドーの代表選手であるシャトー・プピーユが、SO2無添加で造るワイン」だとえいじさん。スペシャルキュヴェ的位置付けなのだそうで、「SO2無添加でもおいしいワインが造れ、熟成もする」ということを証明するために造ったワインなのだそうだ。
少し自然派的なニュアンスがありつつ、新樽で造ったとは思えないくらいピュアな果実がいて、全体の印象は流れるようにやわらかい。
アティピックは「ノット・ティピカル」の意だそうで、いわばボルドー産自然派グランヴァン。ピュアであり複雑でもあり、明るさと暗さ、温かさと冷たさが同時に存在するような、とても不思議でおいしいワインだった。フライトが進むごとに今日イチが更新されていく感覚がたまらない。
ちなみにこのワインに対して「これはプピーユのセカンドですか?」とド失礼・ド無知な質問をして満場に生き恥をさらしたのは他の誰でもない私だ。お里が知れるとはまさにこのこと。
といったどうでもいい話はさておいて、一方のジロラット・ブラン(写真撮り忘れ)はシャトー・モン・ペラでお馴染みのデスパーニュ家がつくる上級キュヴェ。
「アントル・ドゥー・メールのジロラットという畑からのブドウで造るワイン。アントル・ドゥー・メールはあまり評価が高くなく、ほとんどがAOCボルドーになりますが、例外的においしいエリアが東、西、中央に3箇所あります。これはそのうちのひとつのど真ん中のエリア。ソーヴィニヨンとセミヨンを使い、オーク樽で発酵させています」(えいじさん)
私の印象は端正でおいしいボルドー・ブラン、というものだったが、これは同席された方々が激賞しておられたことを付記しておきたい。
フライト4:シャトー・シュヴァル・ブランと、シャトー・レオヴィル・ポワフェレ
さて、この日のワイン会もついに最後のフライトまでたどり着いた。最後はすごいワインの登場だ。シャトー・シュヴァル・ブラン2007、そしてシャトー・レオヴィル・ポワフェレ2006。
どちらもえいじさんがボルドーで「社販で」買ったものをハンドキャリーしてくれたマグナムボトルを数時間前にダブルデキャンタしたもの。
まずシャトー・レオヴィル・ポワフェレだ。メドック格付け2級「レオヴィル三兄弟」の一角。セパージュはカベルネ・ソーヴィニヨン73%、メルロー21%、プティ・ヴェルド5%。シャトーはサンジュリアンのポイヤック寄りに位置するそうだ。
「2006年はクラシックなヴィンテージでした。レオヴィル・ポワフェレは三兄弟のなかでメルロー比率が高く、豊満でセクシーなスタイル。2006年ヴィンテージは硬さもちょうどいいと思います」(えいじさん)
飲んでみると06年といえども元気そのもの。ハーブ的な香りと強いタンニンで、エゾ鹿の赤ワイン煮はもちろん、そしてその付け合わせとして供されたモミタケ、舞茸、ヒラタケ、ハタケシメジといった秋田産だという天然キノコと非常によく合った。
間違いなくおいしいワイン。ただやはり、会場全体はシュヴァル・ブランに集中するモードみたいなのにこのとき突入していたと思う。2級を脇役にしてしまうシュヴァル・ブランおそるべし。
「メルローは粘土質、カベルネ・フランは砂利質の土壌に植えるのがセオリーですが、シュヴァル・ブランは普通と逆。メルローを砂利に、フランを粘土質の土壌に植えています」とえいじさん。これすごい面白い話なのでいずれしっかり調べたいなあと思った。セパージュはカベルネ・フラン53%、メルローが47%。
シュヴァル・ブランはもちろん初めて飲んだが、飲んだ瞬間すごく意外だと思った。どう意外だったかといえば、濃い、重い、といった感じがまるでなかったのだ。
「シュバル・ブランを一言でいえばアロマティック。エレガントで、香りが特徴のワインです」(えいじさん)
そしてたしかに香りが素晴らしい。07年は難しいヴィンテージだったそうで、それもあってなのかどうなのか、すごく繊細な印象を受ける。
香水、香草、お香……およそ「香」と名のつく単語をなんでもいいからもってきてくれ、このワインを表現するのに使うから! みたいな気分になるほど、グラスの中から香りが湧き上がってくる。そして、カベルネ・フラン由来なのだろうか、青っぽいニュアンスも同時に感じられる。
これに関して、同席していただいた方が至言・オブ・ザ・至言で的確に表現しておられた「マックのピクルス」だ。いやほんとそれ。
マックのピクルスは「だけ」で食べてもおいしくない。子どもの頃はなんでこんなの入れちゃうんだろうと思ったものだ。しかし、今ではその青さが肉の味わいを引き立ててくれることを理解できる。
同様に、フランの魅力的な青さが、メルローの果実やタンニンをより引き立て、香りにも相乗効果みたいなものをもたらしているんだろうと思う。良いワインは芸術品にたとえられるが、ほんとそうだなあと実感できる。マックを引き合いにだしといてなんだけど。
奈良ワイン会in東京を終えて
以上10杯を飲み干して、奈良ワイン会in東京は幕を下ろした。
「ドラピエを除く9種類のワインを飲んでいただき、ボルドーワインの幅広さを感じてもらえたのではないでしょうか」とえいじさん。いや、ほんとそれ。
個人的にこの会に参加してよかったなあと深く感じたお気に入りを挙げるならば、シュヴァル・ブランを別格として、
1 プピーユ アティピック
3 クロ・ド・ラ・モレニー・ブラン
4 シャトー・デュ・シャン・デ・トレイユ
といったところ。おいしさだけならマルキ・ダレームも当然入ってくるのだが、上に挙げた3つのワインには驚き、という要素も加わっていた。
どれも自然派的なアプローチをしていて、従来のボルドー感を覆しつつ、飲んでみるとやはりクラシックなボルドーとの共通項をグラスのなかに見つけることができる。
こういう場で、専門家に選んでもらうからこそ出会えるワインだと感じた。2と3は普通に買える値段なのも素晴らしいし買う。
というわけでえいじさん、同席いただいたみなさまに感謝。後半酔っ払ってテンション爆上がりしてご迷惑をおかけしてしまった気も大いにするが、またご一緒いただけたら幸甚です。