「夜の野外ワイン教室」に参加した
Twitterで知ったあきもさん(@akimo_wine)主催の「夜の野外ワイン教室」に参加した。
あきもさんはインポーターで営業の仕事をされている方。その業務のひとつに試飲用の自社輸入ワインをバッグに入れての取引先回りがある。しかし、1日取引先を回っても、どうしてもワインが余ってしまう。
余った分は自宅に持ち帰るのだが自家消費するには量が多い。飲みきれない。もったいない。「ならばみなさんに味わっていただこうとこの会を企画したんです」と穏やかな笑顔で語るあきもさんの背後から後光が差していたのを私は見た。
19時ちょうどに公園に足を踏み入れると、すでにあきもさんが4本のワインをテーブルに並べて用意してくれている。初めましてのご挨拶を交わして参加費1000円をお布施として喜捨。持参したグラスをバッグから取り出すころには他の参加者のみなさんも集まり、いざ「夜の野外ワイン教室」開講である。いやあ実にいい夜だなあまだはじまってないけど。
アドリアン・ド・メロはどんな生産者か
さて、この日のワインはすべて同じ生産者のもの。ボトルにはドメーヌ・ドゥ・ラ・プティ・スールと書いてある。日本語に訳すとドメーヌ・妹。ラヴニールのサイトを見ると、アドリアン・ド・メロに生産者名が今は変更になっているそうだ。
アドリアン・ド・メロはロワールのアンジューが本拠地の自然派生産者で、2015年がファーストヴィンテージ。彼についてはwww.wineterroirs.comというサイトでめちゃくちゃ詳しく紹介されているので、少し寄り道してっていうか大幅に本筋を迂回して、ガッツリ紹介したい。
アドリアン・ド・メロとフランスの土地の値段
メロのキャリアがスタートしたのは03年。カナダのケベックでワイン造りをスタートし、その後06年にフランスに戻ってボーヌの醸造学校で学び、アメリカ、カナダでのワイン造りを経て2011年からはシャトーヌフ・デュ・パプのビオディナミ生産者であるドメーヌ・デュセギュールでも修行している。あきもさんいわく「フィリップ・パカレでも働いた経験がある」という人物だ。
前出のウェブサイトで紹介されていて面白かったのは、ボーヌの学生時代の06年に研修生として「南アフリカのステレンボッシュにある1300ヘクタールのメガドメーヌ」に行った際のエピソード。
なんでもそのドメーヌでブドウの発酵を促すために果汁にアンモニアを添加したり、赤ワインに液状のタンニンを入れたりするのを目の当たりにしたのが反面教師になったんだそうだ。それもあってか、07年にケベックのワイナリーでワインメーカーに任命されるとすぐにビオディナミを導入し、自然派ワインの醸造をスタートしている。
アンジューをワイン造りの場所に選んだのも、そこに自然派ワインのコミュニティがあったことが理由のひとつだったというから、自然派であることには強いこだわりがあるみたい。
とはいえ、アンジューを選んだのはそれだけが理由ではなく、土地代も大きな理由だったようだ。前出のウェブサイトによれば、シャトーヌフ・デュ・パプの畑が1ヘクタール3万ユーロなのに対し、アンジューでは1万ユーロしないんだそうだ。こういう話大好き。
ともかく3.5ヘクタールの、しかもすでに有機農法で栽培されていたブドウ畑(別のドメーヌが所有していて、現金が必要なため売りに出されていたたのを購入したそうだ)を取得した彼は、桶やらプレス機やらポンプやらを中古だのなんだので入手、さらにはクラウドファンディングで6500ユーロを調達して耕作用の馬までゲット。その馬を駆って初年度は畑を耕作したそうだけど翌年は営業活動が忙しくなってトラクターも併用したのだそうだ。大変だ。
ともかくそんなこんなでドメーヌを立ち上げ、今に至るというのがアドリアン・ド・メロの短い歴史だ。結局ドメーヌ・妹だった理由はわからずじまいだが時と場所を令和4年4月の夜の南池袋公園に戻そう。
アドリアン・ド・メロのワイン【1杯目】「レ・ガ」
「まず1杯目はソーヴィニヨン・ブランで造ったオレンジワイン『レ・ガ』です。オレンジワインは『オレンジワイン味』になりがちですが、これはソーヴィニヨン・ブランの味わいがきちんとして、かつ青っぽさがないのが特徴です」とあきもさん。
あきもさんは元々大手ショップで長く働いていて、自然派ワインを専門に営業する今も自然派でなければワインにあらずみたいなことは全然ないのだそうだ。むしろファッション的な自然派ブームに対しては進んで啓蒙活動を行っていきたいという立場。「自然派だからといって不衛生、不健全なワインがいいわけないですから」という意見に私も同意です。
そんなこんなで飲んだ1杯目、「レ・ガ」がいきなり大変おいしいワインだった。なんなら私はこの日飲んだ4本のなかでこれが一番好きだった。
色合いはオレンジというほどオレンジではなく、山吹色みたいな濃い黄色……な気がする暗くてよく見えないけど。
私は最近ただの気分の問題ながら自分ではあまりソーヴィニヨン・ブランを選ばないのだが、このワインに関しては醸しによってソーヴィニヨン・ブランの良いところだけを抽出したようなイメージで、酸豊か、果実味豊か、青っぽさ控えめ、ほんの少しの渋みに屋台で食べるおでんの汁みたいなうまみ追加、みたいになってる。おでんの大根とかと狂合い(クレイジー・マリアージュ)しそう。
フランス語表記はLes Gâtsで、これは一体どういう意味なんだと盛り上がったのだが、調べたところどうやら土地とか区画の名前みたい。わかるかっ。
アドリアン・ド・メロのワイン【2杯目】「グロビュル・ルージュ」
さて、残りの3本はすべて赤ワイン。2杯目にいただいたのはグロビュル・ルージュというワインだ。カベルネ・フランが80%、カベルネ・ソーヴィニヨンが20%という構成。
アルコール度数は12.5度とさほど高くはないものの、赤ワイン3種のなかでは一番果実が主張しない造りで味わいは渋すっぱ中心。なのだが、最初のオレンジ同様に旨味が豊かに感じられてフードフレンドリー。スイスイ飲める味わいだ。
「最近暖かくなってきましたからね。このワインは暖かい日に少し冷やして飲むとおいしいからこの季節にピッタリと思って持ってきたんですが寒いですね今日」とあきもさん。そう、この日の外気温は体感温度で約10度。寒い。寒い中飲んでも十分においしかったので、きっと暖かい日に飲んだらさらにおいしいに違いない…!
キュヴェ名のグロビュルは「ヘモグロビン」の意だそうだ。ヘモグロビンは鉄(ヘム)とタンパク質(グロビン)が結びついたもので、血液が赤いのはヘモグロビン由来だそう。たしかに飲む輸血感というか、体に染み渡るような味がするワインであった。
アドリアン・ド・メロのワイン【3杯目】「エロジェンヌ」
「次はちょっと変わったワインで、キュヴェ名はエロジェンヌ。カベルネ・ソーヴィニヨン88%に、ソーヴィニヨン・ブランが12%混ざっています。ホワイトブレンド、っていうやつですね」
そうあきもさんが説明してくれた3杯目のワインは、グラスに注いでみるとバラの香りのする高級せっけんみたいないい香りが強めに漂い、飲んでみるとなるほど後味に白ブドウっぽいさわやかさがある。なのに全体としては渋みが強いという、珍しい味わいだ。ちなみにキュヴェ名のエロジェンヌは性感帯の意だそうだ急にどうしたメロさん。
「これは◯◯というより××ですよね。生産者の▲▲がよく出てると思います」とあきもさん。書けないんですよこんなもんは。「ヒマだしワインのむ。」は健全な媒体なんですよ。ともあれエロジェンヌは性感帯だ。覚えて帰ってほしい。
アドリアン・ド・メロのワイン【4杯目】「GO FAST」
最後の一杯は「GO FAST」というワイン。
「メロが修行していたシャトーヌフ・デュ・パプの生産者のブドウをロワールに持ってきて造ったというワインです。品種はグルナッシュ60%、サンソー40%。早飲みしてね! っていう意味で、GO FASTという名前になっているんです」(あきもさん)
早飲みタイプのワイン大概甘ずっぱい説というものを私は提唱しており、実際このワインも甘ずっぱい系のフレッシュなワイン。GO FASTと性感帯は全房で醸しているのだそうで、それもあってかいずれも独特なちょっと青みがかかった、あるいはミントとかハーブみたいな風味があるような気がした。
性感帯はカベルネソーヴィニヨンとソーヴィニヨンブラン。GO FASTはグルナッシュとサンソー。使用品種はまったく違うが、飲んだ印象には共通点があるように感じた。なんならいただいた4キュヴェすべてに「生産者印」が押されている印象だ。
「ブドウの品種のパーセンテージに世界で一番こだわるのは日本人なんです。イタリアの生産者に聞くと『なに入れたっけな…?』と覚えていないこともありますから(笑)。品種の個性より、土地や生産者のスタイルを重視しているんですね」(あきもさん)
この日飲んだワインはどれも「ヴァン・ド・フランス」格付け。畑も生産地も品種も問わず「フランスのブドウで造ったフランスワイン」であればOKというカテゴリだ。AOCの規定に縛られないため自由にワインを造ることができることが、生産者の個性を際立たせるのかもしれない。
「ナチュラルワインにはできあがったブドウをいかに無駄にしないか、という思想があります。まずはワインにしてみて、それをどう混ぜ合わせるかを考える。その自由なところを魅力に感じています」とあきもさん。なるほどなー。
一方で、今日飲んだワインはどれもキレイな造りで、獣臭さみたいなものが全然なく、“自然派っぽさ”はありつつも、どれも普通においしく飲めた。「ナチュールとオーセンティックの境目は近づいています。ナチュール=クセ強! じゃないし、オーセンティックのほうもかつてのように濃いだけ、みたいな味わいではなくなってきています」というあきもさんの言葉通りの味だった。
そんな感じであきもさんのお話を聞きながら飲むロワールはアンジューの自然派生産者、ドメーヌ・ド・メロのワインはとてもおいしかったのだった。知識と情熱のある方の話はいつだって面白い。
うん、やっぱり実にいい夜だったのだった。