「シャンパーニュ鍋」なるものがこの世にはあるらしい。
「シャンパーニュ鍋」なる概念があることを知ってしまった。もともとは銀座の老舗日本料理屋「美登里」の看板メニューなのだそうで、アサリやハマグリ、カキといった貝を入れた鍋にシャンパンを注いでつくる料理なのだそうだ。なにそれ気になる。
ここで、お金のある人は「美登里」に予約を入れるだろう。ではお金のない人(私)はどうするかといえば答えは「自作」である。とはいえ今は4月。気候的にちょっと鍋って感じでもないので、試作品的に貝をシャンパーニュで煮てみることとした。酒蒸しならぬワイン蒸しならぬシャンパーニュ蒸しだ。
問題は、どんなワインを使うべきかという点になる。「美登里」の紹介記事を見ると、オススメは「アンリ・ジロー エスプリ」だそうだ。5000円くらいするやつ。はい無理。さすがに無理。5000円札を鍋に投入する度胸、我になし。
どうしたもんかなあと悩む私の肩にポン、と手を置いた者がいる。一体誰かと振り返ってみると……おっ、お前は、良識!?
ハマグリのシャンパーニュ蒸しを巡る「良識」との対話(脳内)
良識:現実を見ろよ、シャンパンを使って鍋を作るなんて貧乏人がやることじゃない。せめて900円くらいで買える「サラ・ビベ」を使いなさいよ。それで十分だろ?
ヒマ:良識よ、言いたいことはわかる。でも、ここはスパークリングワインじゃダメなんだよ、シャンパーニュじゃないと意味がないんだ……。
良識:シャンパーニュはどんなに安くても2000円はする。今の自分の格好を見てみろよ、シャツとズボンで総額2000円くらいだぞ? その金額を鍋に投入していいとでも?
ヒマ:くっ……じゃ、じゃあ半分っ! 半分入れるならいいだろそれなら1000円だし! 食べたいったら食べたいのッ! シャンパーニュじゃなきゃダメなんだっ。
というわけで良識に完全に論破されつつも、辛くも「2000円くらいで買えるポワルヴェール・ジャックを半分だけ使うならアリ」ということで己の心と折り合いをつけた。
そうと決まれば善は急げ。近所の鮮魚店で大ぶりな千葉県産のハマグリを買い、ポワルヴェール・ジャックを用意して日が沈むのを待った(ちなみにアサリは売り切れ、エシャロットは買うのを忘れた)。
アサリが売り切れ、かつエシャロットを買い忘れたことで、この料理に使う材料はわずかふたつとなった。すなわちシャンパーニュとハマグリ約550グラム。この料理、塩すらも入れないんだそうだ。
シャンパーニュは半分を鍋に入れ。半分はそれと合わせて飲む。そのため、まずは半分を軽量カップに移したのだが「シャンパーニュを軽量カップに注ぐ」行為の心理的ハードルがヤバい。
今なら引き返せる! 「なんでも酒や カクヤス」で500円で売ってる泡でいいじゃないか! と最後の説得を試みる良識に背を向け、男なら一度決めた道を進むのみだと軽量カップにシャンパーニュを投入である。2度とは戻れぬ橋を渡ってしまった感すごい。
ここまできたらもう後戻りは不能! ハマグリを鍋に入れて火にかけ、上からシャンパーニュを注いでいく。
そしてこの瞬間とんでもないことが起きた。
キッチン中に溢れ出す、とてつもないシャンパーニュの香り!!!
結論めいたことを書くと、これを体験するだけでもこの料理は試す価値がある。いつもはグラスから香る繊細で美しいあの香りが、沸騰することで爆発的に、暴力的とすら言えるボリュームでキッチンを埋め尽くすのだ。シャンパーニュの香り……沸騰してなお、エレガント!
鍋をしてしばし待ち、ハマグリのカラが開いたところで取り出したら、料理としては完成だ。鍋に入れて火をつけるだけ。火が通ったなら、いざ実食である。
カラでスープをすくい、身とともに口に入れて、私は感動した。シャンパーニュの味がする……!(そりゃそうだ) 約2000円で買えるシャンパーニュとして自宅でのちょっとしたパーティとかで毎回登場するポワルヴェール・ジャック。舌になじんだその味は、ハマグリと一緒に鍋で煮込まれてなお健在。
料理としては非常に不思議な味だ。十分に砂抜きをしたハマグリとシャンパーニュしか入れていないため、塩味はほぼない。ないのだが、それぞれの旨味が掛け合わさることで、物足りなさは感じない。
そして言うまでもなく冷やしたポワルヴェール・ジャックとの相性は抜群。ハマグリをシャンパーニュでおっかけ、次いでスープを一口……みたいに食べるとこれはもう、想像通りのおいしさ。ハマグリを食べ終えるころ、残りのポワルヴェール・ジャックもきれいに消えた。ごちそうさまでした。
「ハマグリとシャンパーニュのチーズクリームパスタ」をつくってみた
大満足、なのだが正直に申し上げて本番は翌日だった。
なんでも、シャンパン鍋は生クリームを加えて味変し、さらにチーズを加えてパスタにするとおいしいのだそうだ。そんなもんやるしかないので、翌日のランチにパスタに仕立てることにした。
具は千切りにしたニンジンとマッシュルーム。チーズは自宅にあったペコリーノを入れることにした。
作り方は簡単だ。
【1】材料を刻む
【2】フライパンに昨日の残りのスープを入れ、具を入れて火にかける
【3】パスタが茹で上がる3分前にフライパンに移し、チーズを加えてなじませる
以上だ。
パスタをアルデンテのはるか手前で上げてフライパンで仕上げる技はローマ近郊の有名レストランに勤務する友人に教わったワザで、ボンゴレとかが劇的においしくなるので皆様お試しください。
で、スープがパスタに煮絡まったところで盛り付けて、オリーブオイルを回しかけて食べてみた。
やべえ。
これはうまい。ハマグリのうまみとシャンパーニュのうまみが凝縮したエキスをチーズが塩味とともにコーティングしてパスタと一体となっている。どえらいなこれは。
そして、もはや水分をほぼ失ってなお、しっかりとポワルヴェール・ジャックの味と香りがする。ジャック健在。ゆえに、私はいまシャンパーニュを食べている。そう感じることが可能となる。これはフォークでクルクル巻いて食べるタイプのシャンパーニュ。
ポイントとしてはチーズを大量に入れることだと思われる。なんだかんだシャンパーニュの酸味は煮切った最後まで残り、これはパスタと無条件で好相性とはいえない。しかし、チーズの甘みと混ざり合うことでまろやかになり、塩味とうまみもプラスされる。印象としてはアマトリチャーナ(ローマ人の友人はワインヴィネガーで味付けする)的な、すっぱい系パスタだ。
また、オリーブオイルもなんだかんだでそこそこ大量に必要だと思う。私は仕上げにかけたが、パスタとソースをフライパンで絡める際に入れる一手もありえたと思う。ここは次回以降の検討材料となるだろう。
というわけで、シャンパーニュ鍋への試作ともいえるこの料理、ハマグリだけで作ってみたがそれなりにおいしくできたのだった。次回は今冬にでもハマグリ、アサリ、カキのフルラインナップの「シャンパン鍋」に挑戦してみたい。シャンパン鍋ワイン会、とかも楽しそうだなー。みなさんぜひご一緒しましょう。
本日の材料ことポワルヴェール・ジャック。ポワルヴェール・ジャックは戦場を選ばない。
ポワルヴェール・ジャック プルミエ・クリュなんてあるのか! 買います。