ヒマだしワインのむ。|ワインブログ

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ブルガリアワインはどんな味? 4000年の歴史とボルドーの技術が融合したワイン「エニーラ」を飲んでみた。【Enira 2015】

ブルガリアワイン4000年の歴史

メルロー52%。シラー26%、プティ・ベルド14%、カベルネ・ソーヴィニヨン8%。12カ月間の樽熟成。ボルドー右岸のワインかな? と思いきやこれはブルガリアのワインだ。ブルガリアといえばヨーグルト、そして元大関琴欧州だが4000年前からワイン造りが行われている世界最古のワイン産地のひとつで、かの酒の神・ディオニソスa.k.aバッカスも地元はブルガリアなんだそうだ。

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ブルガリアワイン「エニーラ」を飲みました。

そんなブルガリアで造られたワイン「エニーラ」を飲んだのでブルガリアワインの歴史を調べてみると、ブルガリアワインの現代史は、1944年にソ連の衛星国となり、1989年に民主化され、2007年にEUに加盟する国の歴史と不即不離の関係にあることがわかった。

そもそもブルガリアはワイン大国だった。1951年に政府はワインを優先順位の高いビジネス部門と宣言し、「売れるワイン」を造るためにカベルネ・ソーヴィニヨンメルローソーヴィニヨン・ブランシャルドネなどの国際品種を大量に植えたことでワイン輸出大国となっていく。国を挙げてワインで儲けようとし、力技で成功させたの強い。

驚いたのだが、1970、80年代にかけて、ブルガリアは世界4位のワイン生産国だったんだそうだ。当時の順位をちゃんと調べてないけどフランスイタリアスペインその次くらいの勢いってことですよねこれ。マジか。そのほとんどはソ連で消費されたみたいだけど、品質の高い一部のものはイギリスやアメリカに送られたのだそうだ。

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歴史の話が続くので、ブルガリアの冬のお祭りの様子をご覧ください。

しかし、ブルガリアワインは、1989年の民主化後ほどなくして品質が大きく低下する。そりゃそうだと言うべきで、1944年に国に押収された土地が突然「元の所有者」に返還されたため、ブドウのことなんてなにも知らずに暮らしていた人たちがいきなりブドウ畑のオーナーになる事例が頻出、結果、手入れされずに枯れ果てたブドウ畑も少なくなかったようだ。

その後1999年にワイナリーが民営化されたことによりワイン産業は質的改善を見せ始め、2007年のEU加盟後は中小規模のブティック・ワイナリーが登場して品質がさらに向上。ここ10年はさらに品質が高まっている、というのがブルガリアワインの現代史だ。

エニーラのオーナー、ステファン・フォン・ナイペルグ伯爵がすごい

この歴史の中に今回飲んだエニーラがどう位置付けられるか、それを知るためにはワイナリーのオーナーであるステファン・フォン・ナイペルグ伯爵を知っておく必要がある。

ハプスブルグ家の末裔だと言うこの伯爵は、ボルドーでシャトー・カノン・ラ・ガフェリエール、ラ・モンドット、シャトー・クロ・ド・ロラトワール、シャトー・ペイロー、シャトー・ディギーユ、クロ・マルサレットを所有するまあなんつーかこれ要するに貴族だ。日本に存在しないタイプの人。伯爵は、歴史に裏打ちされた地位と資産を生まれたときから持っていて、しかもワインビジネスへの情熱と、それを実現させる能力も持っていた。

ステファン・フォン・ナイペルグ伯爵は1957年6月、ドイツ生まれ。1983年に父からシャトー・カノン・ラ・ガフリーエルを任されたときに26歳の若さだったそうだ。そのキャリアはこんな感じだ。

・1983年 父からシャトー・カノン・ラ・ ガフリエールを任せられ、2012年にはサン・テミリオンの第一特別級Bに昇格させることに成功。

・1985年 サン・テミリオンに移住

・1995年 「シャトー・ラ・モンドット」のワイン造りに真剣に取り組みはじめ、2009年にはパーカー・ポイント100点獲得。

というわけで、「サンテミリオンに所有する2ワイナリーの評価を短期間で爆上げさせた」というのが伯爵の評価に直結しているようだ。先祖から受け継いだ財産目録の上に胡座を書いてあくびをしながら退屈をワインと一緒に噛み殺す人生を良しとせず、ワイナリー経営のスペシャリストとしてアグレッシブに活動していることがわかる。天は伯爵に財産とビジネスの才能の二物を与えたわけですね。えこひいきしすぎだわ、天。

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ブルガリアワイン史とナイペルグ伯爵とベッサ・ヴァレー・ワイナリー

そして、エニーラは、ブルガリアのワイン史とナイペルグ伯爵の個人史の交差点に生まれる。

ナイペルグ伯爵がエニーラを造るベッサ・ヴァレー・ワイナリーを設立したのは2001年。ブルガリア的にはワイナリーが民営化されたわずか2年後、伯爵的にはカノン・ラ・ガフリエールとラ・モンドットとの再生がひと段落したタイミング、みたいなことだったのかもしれない。公式サイトにさらっと書いてあるけどひとつの村の800人から土地を買ったらしいですよ伯爵。トラキア低地に位置するワイナリーの土地を手に入れるために。今年一番大きな買い物? あれだよ。村。村買った。ブルガリアで。とかそんな感じのスケール感だ。実際は村の一部だろうと思うけど。ひとつの村で800人で土地を買ったら相当な割合になりそう気はする。

そんな伯爵のやることなので後は推して知るべしで、ボルドーで培ったノウハウをブルガリアで発揮。しかも前述したようにソ連の衛星国家時代からブルガリアには国際品種が植えられていた上、土地代、人件費はボルドーと比較して安価。いわゆる強くてニューゲーム状態、あるいは人生2回目状態でブルガリアでのワイン造りというゲームに臨んでいる印象だ。貴族は負ける戦いをしない。

ナイペルグ伯爵の手掛けたワイナリーのうち、カノン・ラ・ガフリエールは手掛けて19年で格付け昇格。ラ・モンドットは14年でPP100点。ということは伯爵が本気を出すと15〜20年でそのワインは真価を発揮する、みたいな仮説が立つ。今回買ったエニーラは2015ヴィンテージ。それを2020年に飲むのはこれほぼ完璧なんじゃないですかね上記の雑な仮説から類推するに。

エニーラ2015はどんなワインか

今回飲んだエニーラ2015の使用品種は冒頭に挙げたようにメルロー52%。シラー26%、プティ・ベルド14%、カベルネ・ソーヴィニヨン8%。アルコール発酵とマセラシオンを30日かけて行い、マロラクティック発酵は一部はタンク、一部は新樽で行い、その後12カ月間フレンチオーク樽で熟成するそうな。

ブルガリア4000年の歴史とナイペルグ伯爵の情熱の交差点に生まれたこのワインの裏側にあるストーリーは理解した。あとは飲むのみである。

エニーラ2015を飲んでみた

グラスに注いでみると、香りがいきなりすごくいい。前の晩にブルーベリーを大鍋で煮たキッチンの残り香、みたいな主張しすぎないけれどクッキリした果実味が予感される香り。そして、その期待感を裏切らずに味もめちゃくちゃいい。果実味強め、酸味弱み、渋みほどほど。樽効いてる。これは完全に私の好きなやつです。

私が思い出したのはボルドーの格付けシャトーの元オーナーが南アで造るボルドーブレンド、グレネリーの「エステート・リザーブ・レッド」だ。出自が似ていることもあるけれど、旧世界の本格的な感じと、新世界のとっつきやすさの二刀流感に共通するものがある気がしたのだった。そしてエニーラはかなりわかりやすい味。私を含む初心者向け、という味わいだ。

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このワインを私は2046円税込で買ったのだが、仮にこれが47円安くて1000円台だったなら、2020年のベスト1000円台赤ワインになっていたかもしれない。こうなると価格が約1000円高い「レゼルヴァ」も飲んでみたくなるというものだ。ナイペルグ伯爵のボルドーのワインも飲まねばならないなあ。

この味わいは、ナイペルグ伯爵のおかげなのか、ブルガリアの大地のおかげなのか、ブルガリア4000年の歴史のおかげなのか。わからないけどその全部なのだろう、多分。天が貴族というステータスとビジネスの才能をナイペルグ伯爵に与えたおかげで私は2046円でおいしいワインが飲める。サンキュー、天!

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