余市駅前のかくと徳島屋旅館へ
3年前、ワインど初心者だったころにドメーヌ・モンの「モンペ」を飲んで衝撃を受けて以来、ずっと憧れの土地だった余市を念願かなって訪問してきた。
とはいえそこを目的とした旅ではなく、用事の合間にちょっと寄っただけなので許された滞在時間はわずか。とはいえ夕食を食べる時間はあったので、「かくと徳島屋旅館」を訪ねた。JR余市駅前にある老舗旅館で、予約すれば食事だけを食べることができる。
なぜここにお邪魔したかといえば、料理と合わせるワインのラインナップがすさまじいからだ。まずはワインメニューをご覧いただきたい。
ドメーヌ・アツシ・スズキ、モンガク谷ワイナリー、登醸造といった東京では入手困難なワインがグラスで飲めるのもすごいし、ドメーヌ・タカヒコ、ドメーヌ・アツシ・スズキ、ドメーヌ・モンの3生産者が一斉に味わえるテイスティングセットがまたすごい。さすが地元だ。
かくと徳島屋の「ヴァン・ド・時候膳」がすごかった
私がオーダーしたのはこのテイスティングセットに料理を合わせて6000円という「ヴァン・ド・時候膳」というセットメニュー。
ワインが3000円に3000円の料理だから、まあつまみ程度の感じかな? と思っていたのだが見てくださいよ1番バッターがいきなり余市産のウニ(たっぷり)だ。
ドメーヌ・モン「ドングリ2021」
これと合わせるのがドメーヌ・モンのフラグシップである「ドングリ」。品種はピノ・グリで、グラスに注がれたその色は赤に近い色調のオレンジ色をしていて、不思議に色味に似たブラッドオレンジのような味わいがある。
実はここに伺う前、私はドメーヌ・モンの畑を道路から眺めてきた。「さっき見た畑で採れたブドウから造られたワインがこれか」と思って飲むワインは最高だ。しかもそれが余市のワインを好きになるきっかけとなったドメーヌ・モンのワインとなればなおさらだ。
そしてこのウニがヤバい。さっきまで海のなかにいましたよねあなたレベルの新鮮さで、生臭さは皆無。みみかき一杯の量でグラスワイン一杯飲めるんじゃないかってくらい旨味が濃く、余市の海の豊穣さのアウトプットとしてのウニ、という印象を受ける。
登醸造「セツナウタ2020」
ドングリの旨味とも当然の如く響き合い、45ccは一瞬で蒸発。2杯目に登醸造の「セツナウタ2020」を頼んだ。飲みたかったワインが飲めてうれしい。
醸しツヴァイゲルト、搾汁ツヴァイゲルト、マセラシオン・カルボニックツヴァイゲルト、そしてケルナーをブレンドしたという凝った造りのワインで、色調は薄めの赤ワインという印象。
サービスを担当してくれていた女将さんに「セツナウタって赤なんですね」とお伝えしたところ、「でも、醸造家の小西さん(小西史明さん)は『ロゼです!』って言うんですよ(笑)」とのことだった。公式サイトには「(黒ブドウの皮を)100%漬け込んでいるわけではない」からロゼなのだそのと理由が書かれていた。
余談だが、かくと徳島屋の女将さんのサービスが本当に素敵で、ひとり客の私にタイミングよくワインや料理の説明をしてくれ、こちらがワイン好きということを察していただいて以降は生産者の人となりなども聞かせてくれた。
おかげで一人飲みながら手持ち無沙汰になる瞬間がまったくなく、まるで飲み会に参加しているような楽しさを終始感じられた。レストランとはまた異なる、旅館ならではのおもてなしだなあと深く感じ入った次第。ありがとうございました。
じき「環2021」の衝撃
さて、ここでお造りが運ばれてくる。ヒラメ、カツオのタタキ、南蛮海老に牡丹海老。海老が2種類つくのがすごい。
お造りとなるとやはり白も欲しくなる。女将さんに相談すると、ぜひこれを飲んでみてと勧められたのが「じき」の「環(めぐる)」というワイン。
「じき(jiki)」は2015年に移住してきた村田均さんが営む2017年独立のワイン葡萄農家で、現在は岩見沢市の10R(トアール)で「研修&委託醸造」(公式ブログより)を行っている生産者で、このワインがこの日最大のサプライズだった。
生産者の村田さん、かくと徳島屋のみなさんによれば「学者みたい」あるいは「研究者っぽい」という方なのだそうで、ワインの説明ページは専門用語の羅列となっているが、肝心の中身は素晴らしいの一言だった。
もぎたて搾りたての台湾パインのような香り。一拍遅れて北海道ワインならではの豊かでシャープな酸がなだれこんできて、最後に桃とか梨みたいなさわやか甘い印象を残していく。うーん、こりゃうまい。
冷涼なフルーツどころである余市という町をそのまま表現したような味わい。使用品種は自社畑100%のグリューナー・フェルトリーナ、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・ブランだそうで、アルザスのいいやつに感じるような豊かな果実と豊かな酸の正面衝突感があった。これはおいしい(し、塩で食べるお造りに合う)。
じき、女将さんいわく「『夕』っていう赤ワインもあるんですけど、そっちは買えなかったんですよ」とのことで、入手は難しそうだが、またぜひ飲みたい生産者だ。こういうワインとの出会いは本当にうれしい。
ドメーヌ・アツシ・スズキ パストゥグラン2020
さて、かくと徳島屋では、頼んだワインのボトル(空き瓶)を持ってきてくれて、テーブルの上に残しておいてくれる。そのため、ボトルがどんどんテーブルの上に溜まっていき、気分的には一人ワイン会やってるみたいになってくる。盛り上がってきたぞ。
お造りの次に出てきたのは殻に入った蒸し牡蠣。しかも2個で1人前だ。なかにはとろろ昆布が入っていて、ただでさえ旨味の超強い牡蠣に旨味の塊である昆布を足した結果ただの旨味の暴力と化した物体となっている。口の中が旨味でぶん殴られてる。
この旨味爆弾と合わせて出していただいたのがドメーヌ・アツシ・スズキのパストゥグラン2020。ピノ・ノワール70%にガメイならぬツヴァイゲルトを30%加えた“余市パストゥグラン”だ。
ドメーヌ・アツシ・スズキのワインを飲むのは初めてだったが、個人的にはドメーヌ・タカヒコの味筋に非常によく似ていると感じた。他のタカヒコ出身の生産者には感じない、暖簾分けという印象を受ける味わいというと失礼になってしまうだろうか。
梅、お茶、出汁のような体に染み入るような味わいがあり、旨味の部分で牡蠣と合う。おいしいワインしか出てこないなここ……!
ドメーヌ・タカヒコ ナナツモリ2020
次に出てきたのは八角という白身魚の焼き物。八角はなんですかねこれは。角張ったリコーダーみたいな形状をした、皮が鎧のように硬い一方で身はほわっほわというツンデレ感あふれる魚だ。北海道の名物らしく、正式名称は「トクビレ」だそうです。
そしてここでドメーヌ・タカヒコのナナツモリ2020も出た。「この先にお出しする土瓶蒸しにとってもよく合うので、残しておいてくださいね」と女将。
しかしながらサーブ量は45mlであり私はおいしいワインはごくごく飲んじゃうタイプ。飲み干しちゃいそうなのでもう1杯別に頼むことにした。
モンガク谷ワイナリー 貴腐桧2021
選んだのはモンガク谷ワイナリーの貴腐桧(きふひのき)2021。はじめて聞く銘柄だが北海道限定販売品。ピノ・ノワール72%、シャルドネ22%、ピノ・グリ4%のフィールドブレンドで、モンガク谷としては初の辛口貴腐ワインなのだそうだ。
私が過去に飲んだ貴腐ワインはいずれも極甘口もしくは多少なりとも甘口なので、完全にドライな貴腐は初めて。印象としては熟成白ワインに近く、スパイスとともに濃く煮出した茶のような甘くスパイシーな香りで、色合いは造幣したばかりの10円玉のような赤銅色。
味わいにもどこか溶かした金属のような滑らかなテクスチャを感じる。最初とっつきにくさを感じるが、飲んでるうちにクセになる中毒性の高い味わいだ。
このタイミングで野菜たっぷりの野菜とアイナメの揚げ出しが出たのだが、このワインは油の溶け出したお出汁とよく合った。
大変お行儀の悪い話だがあまりに合いすぎて揚げ出しの器から妖怪・赤舐めのごとくチョクで汁をすすって邪道ペアリングを楽しんでしまったことをここに告白しておきたい。
ドメーヌ・タカヒコ ナナツモリ2020もさすがのおいしさ。ナチュラルワインのはずだが、いつ飲んでも一定のおいしさがある。ブルゴーニュの2020ヴィンテージ飲み比べの際に感じた「濃い!」という印象を思うと、圧倒的に涼しく、さわやか。北海道は今後本当にピノ・ノワールの世界的産地になっていくんじゃないかという気がしてくる。
himawine.hatenablog.comそしてナナツモリと鍵と鍵穴レベルで合うと感じたのが女将オススメのカワハギの土瓶蒸し。具はカワハギ、ゴボウ、水菜といった皆さんで、そこにスダチを絞っていただくのだが、このゴボウの土のニュアンスとナナツモリがめちゃくちゃ合うと感じた。
これは酔っ払いのたわごとだが、この世界の物質は火・風・水・土の4元素から構成されるとする4元素みたいな概念を唐突に持ち出すと、ナナツモリは個人的に土属性だと思う。ゆえにゴボウとは土と土のマリアージュ。合わないわけがないのだ。
このあたりでお腹も満腹、酔いも適度で大満足なのだが、コースはまだ終わっておらず、締めにしめじとフグの炊き込みご飯がやってきた。
もう満腹だがうますぎてペロリと平らげ、デザートの2種のサクランボのジュレ的なものもいただいて、完全に仕上がった。
いただきもの:ふらのワイン ピノ・ノワール
はずなのだが、ここで向かいのテーブルでワイン会をしていた方から「お兄さん、ワイン好きならこれ飲まない?」とワインをお裾分けいただいた。こういうのは期待してはいけないけれども最高の旅の思い出になるんすよ。若い頃、五島列島で居酒屋の隣に座ったおじさんの家に招かれて炙ったイカをご馳走になったことがあるけど一生覚えてるもんなそういうの。
ともかくそうしてご馳走になったのが、ふらのワインのピノ・ノワール。これが余市の出汁系ピノ・ノワールとは異なる薄うまピノ・ノワール。商品説明ページに詳しい記載がないのでなんともいえないが、少し濁りもあったから自然派的な造りをしているのかもしれない。
恥ずかしながらノーチェックなワインだったがとてもおいしいと思った。発見だ。
このワインをご馳走していただいたテーブルでは、私も飲んだことのある余市のワイナリーの方も飲んでおられた。ワインとインターネットを通じて一方的に知っている方と同じ空間で飲んだりご挨拶できるのはなんとも不思議な気分だ。余市まで足を運んだ甲斐がある。
かくと徳島屋旅館はいかにして余市ワイン愛好家に愛されるようになったか
最後に女将さんに「いつからこんなふうに余市ワインに特化するようになったんですか?」と聞いてみた。きっかけは、曽我貴彦さんからの1本の電話だったそうだ。
もともと会食などの場として繁盛していたというかくと徳島屋だが、コロナ禍で会食需要が激減。そんなとき、「よかったら、ウチのワインを出さない?」と曽我さん側からオファーがあったのだそう。しかも、ドメーヌ・タカヒコだけでなく、ドメーヌ・モン、ドメーヌ・アツシ・スズキにも声をかけ、3者のテイスティングセットとして継続的に出せるように取り計らってもくれたのだそうだ。
超人気ワイナリーのテイスティングセットは評判を呼び、収穫ボランティアやこの地を訪れる(私のような)ワイン好きが訪ねてくるように。「あの電話がなかったら夜逃げしてます(笑)」と女将さん。
曽我貴彦さんはさまざまな場で余市という産地や自治体を盛り上げたいという趣旨の発言をされているが、目に見えないところでもこういうことをされているんだなあと感じ入るようないい話だ。
かくと徳島屋旅館でのヴァン・ド・時候膳を終えて
おいしい料理においしいワイン、素敵なおもてなしといい話をたらふく聞けたことに大満足してそろそろおいとましようかなと思っていたら、今度は女将さんから「さっきのは瓶底だったから、開けたても飲んでみて」とドングリの開けたてをほんのちょっぴり注いでもらってしまった。
開けたてドングリ、やはり色調が鮮やかで、味わいにおいても渋みおだやかで甘ずっぱ方向に感じる。こんな飲み比べもなかなかできるものではなく、本当にありがたい。
本当に大満足の2時間半はこうして過ぎた。お会計は、神よ、これだけ食べて飲んで9790円ですよどうなってんのマジで。コスパなんて言葉を持ち出すのは野暮の極みだが、この金額でこんなに満足度の高い一人酒もそうそうないと思う。
女将さんたちに見送られて歩く帰り道、また必ず戻ってくるぞと固く誓ったのだった。みなさんも余市に行ったらかくと徳島屋旅館へ、ぜひ。
私も本当にまた行きたい。できればいますぐに!
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